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2021.06.23
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スタッフ:市原
現在、満開中のあじさい祭、日本一のあじさいを鑑賞してみてはいかがでしょうか。
会場は、休暇村からお車で20分ほどの下田公園で、400年以上前の下田城(鵜嶋城)の城跡です。そんな下田の歴史を感じながらのあじさい鑑賞に浸ってみるのもよいかも知れません。

下田城(鵜嶋城)は、小田原城を本城とする後北条氏の支城で、九州征伐を経て天下統一を進める豊臣秀吉との対立が表面化してきた天正16年(1588)に、北條氏直が伊豆奥郡代清水康英に下田城の大改修を命じ、その城将に任命しました。
海に落ちる断崖に囲まれた天然の要害を利用して築かれた海賊城であり、天守跡の城山の頂きから四方にのびる尾根の要所に曲輪が設けられ、延々と続く深い空堀の遺構が現在も残っています。


天正17年(1589)12月から籠城準備が行われ、雲見の高橋氏、妻良の村田氏などの南伊豆の武士たちが城に入り、小田原から副将として江戸朝忠が派遣されました。
天正18年3月、豊臣秀吉の水軍脇坂安治や長宗我部元親などによる下田城攻撃が始まり、海上は圧倒する装備の敵の船団となり、結果的に豊臣方の部将脇坂安治らと三か条の起請文を交わし開城。豊臣方14,000の兵に対し、600の寡兵で、 籠城戦は50日に及びました。
康英一党は下田開城後、河津郷沢田の林際寺に退去して、高橋氏らにその苦労を謝し散軍しました。のち筏場の三養院に隠棲して、天正19年同地で没したそうです。
この戦いは、豊臣秀吉が後北条氏を降した、小田原征伐の一部分なのです。

会場内のあじさいテラスカフェでひと休み。


キンコロそば・うどん、いかがでしょうか?
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