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2023.08.09

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歴史を感じながら美味しい物も堪能-「熊川宿」-

スタッフ:杉森

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こんにちは!
数日前に、”10年後には気温が40℃の日が当たり前の時代になるのでは“と話をしていましたが、なんと休暇村越前三国がある坂井市三国町で、39.5℃をマークしました。その日全国で2番目の暑さだったそうです。これはもう”10年後ではなく、5年後イヤ2~3年後には平均気温40℃の日が続く時代になるのでは“と危機感を感じている今日この頃皆さんいかがお過ごしでしょうか。
スタッフの杉森です。
 
今回は「熊川宿(くまがわじゅく)」をご紹介したいと思います。「熊川宿」とは、福井県三方上中郡若狭町にある、若狭と京都を結ぶ「鯖街道」の宿場町の事です。宿場町の風景と併せて、「熊川宿」の歴史案内をしたいと思います。

-「熊川宿」とは-

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熊川は、もともと戸数40ほどの小さな寒村であったという事です。室町時代に、戦略上の要地として足利将軍直属の武士、沼田氏が山城を構えていました。さらに、豊臣秀吉の相婿(実際は再従姉妹の夫)でもあり秀吉に重用された浅野長吉(長政)が、 小浜城主になった時に交通・軍事の要衝として、熊川に対し天象1589年に諸役免除の布告を発し、この地の特別の発展を図りました。以来、若狭代々の領主は、この政策を受け継ぎ熊川は江戸時代を通じて近江国境に接する宿場町として大いに繁栄していきました。 江戸時代初期から中期にかけて、熊川宿の戸数は200戸を越えていたようです。

-「熊川宿」の守り人「熊川番所」-

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「熊川宿」は鯖街道の若狭国(現在の福井県)側の唯一の宿場町で近江国(現在の滋賀県)の国境に隣接していた為、小浜藩初代藩主酒井忠勝が番所を設置しました。番所では往来手形を確認すると共に、人物改めや荷改め、物資の課税などが行われました。廃藩置県に先立ち1870年には街道制度が廃止になった為、番所もその役割が失われました。

-古き良き町並みが今に-

歴史的景観を引き立てる前川はかつては人馬の飲み水として、また生活用水として利用され、「イモ車」や「かわと」など、この地特有の親水文化を発展させてきました。

この岩は「子守り岩」と言われています。子供たちが、この大きな岩で遊んでも怪我をしなかった事から「子守り岩」と呼ばれているそうです。

-「熊川宿」に素敵な洋館が-

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熊川の逸見勘兵衛家出身で、伊藤忠商事二代目社長となった伊藤竹之助翁(旧姓逸見)が、昭和15年に熊川村役場として建てた建物です。熊川の歴史の厚みを感じさせてくれる建物で、熊川宿と鯖街道の歴史を見せてくれるとてもレトロな資料館として、生まれ変わりました。  玄関先には井戸があり、井戸水汲み用の手動式ポンプが、より一層レトロ感を醸し出していました。

-現在の「熊川宿」-

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現在、「熊川宿」は昔からの店舗と、空き店舗になっていた所に若い人たちが新しい店舗を構え、お互いに「熊川宿」の景観を尊重しながら盛り上げているそうです。「熊川宿」を歩いてみると、その雰囲気を味わうことができます。今回のご紹介は以上になります。
「熊川宿」の町並み、歴史を味わうのもヨシ、近くの道の駅で「鯖街道」の焼き鯖、鯖寿司、おろしそばとのセットを堪能するのもヨシ、近くの瓜割の滝によって涼をとるのもヨシ、ゆっくりと楽しめ、美味しい物もたべれますので、是非いってみてください。勿論、休暇村越前三国にも遊びに来てくださいね!

「熊川宿」 福井県三方上中郡若狭町熊川 休暇村越前三国より車で約120分
「瓜割の滝」  福井県三方上中郡若狭町天徳寺 「熊川宿」より車で約10分

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