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2023.12.06

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府中三人衆の一人「佐々成政」居城 -「小丸城跡」-

スタッフ:杉森

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こんにちは!
12月に入り一段と寒くなってきました。朝通勤路を車で走っていた時、フッと道脇を見てみると何か白いものが視界に入ってきました。それは霰が道脇に積もっていたのです。まだ大丈夫と高を括っていましたが、この時完全に冬がやってきたと感じ、大急ぎでスノータイヤに交換しに行きました。冬の到来に焦りを感じている今日この頃、皆さんいかがお過ごしでしょうか。
スタッフの杉森です。
 
今回は「小丸城跡」に行ってきたのでご紹介したいと思います。「小丸城」は府中三人衆の一人「佐々成政」が築城しましたが、6年程で越中国(富山県)に移封になり廃城になりました。また、城自体も未完成だったともいわれています。

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「佐々成政」が1575年に築いた平城で、内堀と外堀がつくられ城の全域は東西300m、南北350mにおよんだそうです。では何故この地に城を築いたのでしょうか?それは1575年に織田信長が越前を平定し、北庄城に「柴田勝家」を置くと同時に目付役として「小丸城」に「佐々成政」を配置しました。この時に「府中城」に「前田利家」、「龍門寺城」に「不破光治」が入り「府中三人衆」と呼ばれました。

実際行ってみると、一周50m程の小さい盛土のような場所でした。登っていくと…

その先には、少し広めな広場に出て来ました。そこには忠魂碑が鎮座していました。

ちなみに慰霊碑は戦争、災害で亡くなった方の為、忠魂碑は戦争で国家に魂を捧げた方の為のものだそうです。

さらに先に進むと、階段の先に何か見てきます。

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なんと、本丸跡の石垣が見えてきました。写真の通り立派な一枚岩が重ねられており、"この岩はどの様な役目でここに配置されているのか?"と想像するだけで楽しいです。また、この石垣があった場所は白鳳時代に大寺院があり、古代寺院の礎石が利用されています。

また、各所には石垣、土塁の跡がみられます。「小丸城」が未完成だったとしたら、とても残念です。完成していたらと想像すると…

降りぐちの小道は、秋らしく銀杏の落葉の黄色と、楓の落葉の赤のコントラストがきれいでした。

今回のご紹介は以上になります。城好きの方が行かれると中々興味深いと思います。また、越前市は空襲や地震などの被害が少なかったので、昔ながらの街並みや寺院などもたくさん残っていますので、興味のある方は訪れてみてはいかがでしょうか!
 
「小丸城跡」 越前市五分市町28 休暇村越前三国より車で約80分 
 

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