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2022.05.30
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スタッフ:野口新之介(栃東も好きでした)

福井県坂井市坂井町大味地区、えちぜん鉄道の大関駅があります。
大相撲の番付、「大関」と同じ呼び名ですが、その名前の由来は諸説あるそうで、最も有力な説は
①坂井平野最大の用水路「十郷用水」の取り口が大きかったことから「大口」という名前が付いた。
②1,500年前に後の継体天皇が一時この辺りに住んでいて「王見の郷」と呼ばれるようになった。王見をもじって現住所の大味になった。
③用水から水を取り入れる大きな「堰」がこの辺りにあり「関」の文字が使われるようになった。
「大口」「大味」の「大」と「関」を合わせて「大関」とのことです。

のどかな麦畑の中にポツンと駅があります。
無料駐車場がありますので、車で駅まで行って駐車。
電車で福井市内へ出かけるといったことも可能です。

駅舎入口の看板は番付表で使われる相撲文字が使われています。
特にこの地域で相撲が盛んという訳ではありません。

平成28年当時大関だった稀勢の里関にメッセージや地元産のコメを送ると稀勢の里関から色紙や写真が届きました。平成29年に横綱になりましたが、怪我が多く横綱としては短命に終わったのは残念でした。

駅の駐輪場はなぜかアート建築っぽい。
冬場はイルミネーションが飾られているようです。

幅が狭く屋根の無いホーム。
いかにもローカル感が漂う駅でした。
以前、休暇村本部勤務をしていた際に千葉県柏市に住んでいました。
隣の松戸市に当時稀勢の里が所属していた鳴戸部屋がありまして、連絡して稽古を見せていただいたことがあります。
残念ながらその日は稀勢の里には会えませんでしたが、高安や若の里が稽古をしていました。本場所の砂かぶり席並みに近い距離で見るぶつかり稽古は大迫力で、それ以後鳴戸部屋力士を応援していました。いわゆる「ガチンコ」と呼ばれる部屋だったと言われています。両国国技館に観戦に行ったこともあります。稀勢の里は本名の萩原時代から注目していた力士です。
しかし鳴戸部屋は田子ノ浦部屋に吸収され、若の里、稀勢の里も引退し、最近は私の相撲熱も冷め気味です。
今回は電車よりも相撲のブログになってしまいました・・・。
ちなみに、相撲で立ち合いからまっすぐ押していく様を「電車道」と呼びます。
帰りに小腹が空いてコンビニでおやつを買いました。
食べるのも稽古のうちですね。
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