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2023.07.12

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静かな微笑みで癒される観音像-「西山光照寺・聖観音菩薩」-

スタッフ:杉森

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こんにちは!
7月9日に休暇村越前三国の恒例イベント、「餅つき大会」が開催されました。自分も初めての参加で、ウキウキしながら準備に取り掛かっていました。始まってみると、想像はしていましたが、それを上回る力仕事で、ほんの数回ついたところで体が熱くなり、汗が滴り落ちはじめ大変でしたが、気持ちのいい掛け声や、小さいお子さんからお父さん達にも参加して頂き大盛況でした。ついたお餅は皆さんで堪能していただき、今後もこのイベントを定期的に開催したいと思う今日この頃皆さんいかがお過ごしでしょうか。
スタッフの杉森です。
 
今回ご紹介したいのは、「西山光照寺」・「聖観音菩薩坐像」です。福井市の中心部に有りますが、とても静かで地域を見守っている様に思える「寺」と「大仏」の歴史を伝えたいと思います。

-「西山光照寺」の歴史-

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「西山光照寺」の創建は大同年間(806~810年)、最澄大師が開いた寺院を、文明3年(1471年)越前統一の祖を築いた朝倉孝景が叔父である朝倉将景(光照郎用)の菩提を弔う為、真盛上人の高弟盛舜上人を招いて再興したのが始まりと伝えられています。
朝倉氏に庇護され寺運は隆盛し一乗谷の真盛派の代表的寺院となりましたが、天正元年(1573年)、朝倉氏が織田信長により滅亡させられると一乗谷も壊滅、西山光照寺も焼失したと思われます。慶長11年(1606年)、福井藩初代藩主結城秀康により福井城下に移され再興し現在に至っています。

現在は石仏覆屋が再建され、多くの石仏が安置されています。残された土塁や結界石、地籍図などから、かなり広範囲な寺域を持っていたものと推定されています。

発掘調査では、礎石建物のほか、掘立柱建物や地下式倉庫、墓地などが確認されています。

-微笑みの「聖観音菩薩坐像」-

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福井大仏(現在の聖観音菩薩坐像)は戦国時代に朝倉氏により一乗谷に石造の大仏として建立され、元禄4年(1691年)光照寺とともに現在地に移転しましたが、昭和33年(1958年)戦災の被害を受けたため現在の金銅製の大仏となりました。
最初の福井大仏は、一千余年前の弘法大師の自作と言い伝えられる伽羅木の聖観音像をその胎内に納めており、住民は厚く信仰し、また領主朝倉家隆盛の頃はその帰依も深かったそうです。朝倉家滅亡の際に兵火により焼失したが胎内の聖観音像は事なきを得ます。その後、幾多の災禍を得たが、幸いに胎内の聖観音像はその都度難を免れたので、これを安置し永く諸霊冥福と家郷安泰を祈念すべく、この地に再建したのが、現在の「聖観音菩薩坐像」(福井大仏)および仏殿、庫裡です。
ちなみに、像高は、約7mで台座を含めると約8mあるとそうです。

この仏頭は元禄4年(1691年)福居(昔の福井の漢字)の地に最初に建てられた石大仏のものであり、一条谷から足羽川を船で運ばれたそうです。角度を変えて見ると違った表情が窺えます。

今回のご紹介は以上になります。福井の市街地にしずかに佇む「西山光照寺・聖観音菩薩坐像」。手入れも行き届いていて、とても気持ちのいい場所でした。それに寺院では御朱印や元三太師の護符(ちょっと可愛いです)などが拝受できます。是非、一条谷朝倉氏遺跡と併せて行ってみてください。勿論、休暇村越前三国もお持ちしております。
 
「西山光照寺・聖観音菩薩坐像」福井県福井市花月1丁目1-26 
休暇村越前三国より車で約40分
「西山光照寺跡(一乗谷朝倉氏遺跡)」福井県福井市安波賀町11−4
休暇村越前三国より車で約60分

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