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2026.10.31
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スタッフ:松っちゃんこと和歌山のおいやん

In 1896 (Meiji 30), Lafcadio Hearn (aka Koizumi Yakumo) wrote "A Living God," about the differences between Japan and other countries' perceptions of God. In the book, the author describes the activities of a character named Hamaguchi Gohei, who come to be revered as a living god after saving his village from a tsunami by setting fire to his freshly-harvested stacks of rice straw. Inspired by the anecdote of Hamaguchi Goryo after the Ansei Nankai Earthquake tsunami, Heam wrote this heartfelt tale a single sitting after hearing the news of 22,000 victims who perished on the Sanriku Coast (after the Meiji Sanriku Earthquake) that year.
1896年(明治30年)小泉八雲は、日本と諸外国の神に対する考え方の違いについて述べた作品「A LIVING GOD」を書きあげました。その中で、刈り入れたばかりの稲むらに火を放つことで津波から村人を救い、生きながらにして神としてまつられた濱口五兵衛という人物の活躍を描きました。
小泉はこの年、三陸海岸を襲い2万2千人もの犠牲者を出した大津波のニュースを聞き、かねて伝え聞いていた安政南海地震津波のときの濱口悟陵の逸話をヒントにして、この感動的な物語を一気に書きあげたようです。
皆さんこんにちは!
来週木曜日、11月5日は「世界津波の日」「津波防災の日」です。
1854年12月24日の地震の際の行動が「稲むらの火」の逸話となり、小泉八雲の英語による作品と、和歌山県日高郡みなべ小学校の教員(耐久中学校卒業)であった中井常蔵が翻訳・再話したもので、文部省の教材公募に入選し、1937年から10年間、小学5年生の国語読本に掲載され、防災教材として高い評価をされました。
主人公の濱口梧陵は将来、再度地震が来ることを想定し私費を投じて堤防を築き、現存している点、また千葉県銚子にあるヤマサ醤油の創業者であり、私塾「耐久社」を作り、明治時代には勝海舟とも交流があり、その後和歌山県初代県議会議長となった方。広川町出身の偉人です。

まずは「稲村の火の館」を目指して、広川町へ車を走らせます。有田ICを降りて広港で写真撮影。

港の端には大きな塀がありました。

港を過ぎると広村堤防、松林の場所を散策することができます。私塾「耐久社」創設。

耐久中学校内に銅像が建立されています。
広川町役場が湾・河川沿いにあるのが
気になるけど。



港から「稲村の火の館」までは車で1.2分、徒歩で10分程です。
休館日は毎週月曜日(祝日の場合はその翌日)、年末年始
開館時間:10時から17時(入館は16時まで)


広村堤防を歩きながら私塾の「耐久社」耐久中学校内に建立された銅像がございます。
再度広地区の街並みを歩きながら稲むらの館(濱口梧陵記念館)に戻ります。

道路を隔てて食事処・お土産・喫茶コーナーがある「道あかり」を訪ねました。2階のレストラン人気でした

町の野菜・果物・加工品の他、湯浅醤油ではなくて、ここは「千葉県銚子の「ヤマサ醤油」を販売してます。

■文化庁で作成している。日本遺産御調印帳を販売しています。
日本遺産創設から10周年。おもしろそうです。
■本当はもっとお知らせをしたいのですが、この場所は実際に伺い、体験したほうが良いと感じましたので詳しくは説明しませんが、和歌山県内で一番皇族の方が見学された施設・町であると思います。
■次回は東牟婁郡太地町をご紹介します。
今回も和歌山の端っこブログをご覧いただきありがとうございました。
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