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2022.11.23
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スタッフ:杉森

おはようございます。スタッフの杉森です。前回までは、三国町の歴史案内をやってまいりましたが最終回を迎え、心機一転福井県の歴史、偉人、史跡、伝説等を紹介していきたいと思います。その第一回目は「福井城跡と福井城の伝説」をご紹介したいと思います。
「福井城」は南北朝時代に福井市北ノ庄に城郭が存在したようで、南朝方の「新田義貞」に対抗して北朝方の斯波高経が築いた城塞群「足羽七城」の1つに数えられ、後に朝倉頼景がこの地に館を築き「朝倉氏北ノ庄城」となりました。その後、織田信長に朝倉家が滅ぼされ、織田家重鎮柴田勝家の居城となり「柴田氏北ノ庄城」となりました。柴田勝家が豊臣秀吉に滅ぼされると、徳川家康の次男結城秀康の居城となり「結城氏北ノ庄城」となります。福井藩第三代藩主によって、「北」の字が「敗北」にあたり不吉であるとして「北ノ庄」から「福居」に改名され、後に「福井」と改名され「福井城」となりました。丁度この頃、「お角櫓の幽霊」の話の原形が出てきたみたいです。
福井藩三代藩主「松平忠昌」の頃、片時も放さなかった松平家秘蔵の銘刀が突然消えてしまい、大騒動になり、城中を探したが見当たらず、その日の刻限が来て殿様はがっかりしながら寝床に着きました。その夜夢に、刀はお角櫓の一番上にあると告げられました。
翌朝早く家来を呼び、昨夜の夢を語り、誰かとって来る者はいないかと聞いたが、皆顔を見合わせ誰も行こうとしなかった。いつも自慢している者も黙り込み、中には体が痛むと言って不調を言う者もいる。すると下座にいた者が、「その儀は某にお任せください」と、受け櫓へ出かけました。櫓は大阪の役の跡は使用されず、蜘蛛の巣や土の臭いが目立つ中、物ともせず彼の勇士は提灯片手に階段を登り、階上に達してふと奥を見ると、暗い中に白いボーっとした一人の宮女が髪も振り乱し立っていました。刀を後ろにあちらを向いているのでそっと刀を奪おうとした時、女はこちらを向いて薄気味悪い笑いで勇士を睨みつけた。その姿に勇士は刀を抜いたまま気絶した。 城では待てども帰ってこないので、殿様はもどかしく思えてもう一人行かせました。彼は静かに階段を登り、見ると幽霊が立っている。しかしこの人は肝が据わっていたようで、その傍に行き刀を取り、幽霊が振り返って睨み笑うのを見て、睨み返して戻ってきました。すぐに殿様にお目通りして刀を返したが、その直後倒れてしまい、家中の者がいろいろ手を尽くしたが亡くなってしまいました。
刀を取り返した際、幽霊は勇士に向かい「ここで見たことを人に話すと三日の内に命が無くなる。」と言ったが、これを報告してしまい亡くなってしまったそうです。大阪の役の時、一番に攻めた越前勢によって要害堅固の大阪城は落ちました。これを秀頼の母「淀君」が非常に恨んだそうで、それが怨念となって出たのだろうといわれています。
さて、怪談の舞台になったお角櫓はどこにあったのでしょうか?

福井城跡(現県庁)西方に市民の憩いの場、中央公園があります。この場所は当時お堀があったそうです。

この場所に西二ノ丸の堀があり、石垣で城の大きさを感じます。堀の北側にはあの櫓があったとされます。

中央公園の北側に福井神社があります。この神社に秘密の場所があります。鳥居をくぐって中に入ると、モダンな本殿が迎えてくれます。

その場所は、本殿向かって右側にあります。なんとなく、入ってはいけない感じがしますが、覚悟を決めて進んでいきます。

ゲームのボスキャラへの道に様に見えます。この奥に怪談伝説のお角櫓跡があると思うとドキドキします。

道を進み、遂にお角櫓跡に到着すると石碑が立っています。石碑の表は劣化が激しく、東という文字しか読めませんが裏手には「二重櫓跡…御角櫓」と記されているので、ここにお角櫓があった様です。

今回の「福井城の歴史と怪談伝説」は以上になります。日本中でも珍しい県庁がある福井城跡の伝説、その他にも似た話が多々あるそうです。何も考えず周りを通っていましたが、結構な心霊スポットと思うと、ちょっと避けて通ってしまいそうですが、春には桜の名所ともなっていますので、心霊スポット巡りと一緒に楽しめると思います。併せて中央公園中にある福井の歴史が展示されている休憩所もありますので、是非、一度お越しになってください。
「福井城跡」福井市大手3丁目17番1号 休暇村越前三国より車で約50分
福井駅より徒歩約3分
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