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2024.04.23

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大久野島での戦争の記憶

スタッフ:北野

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いつも休暇村大久野島のブログをご覧いただき誠にありがとうございます。

大久野島はうさぎの島としてとても有名ですが、実は戦争の記憶としての側面もございます。
今回は、その1つとして砲台跡をご紹介したいと思います。

大久野島では今から100年以上前、日露戦争前の1902年に芸予要塞として砲台が設置されました。
広島県と愛媛県の旧国名である安芸国と伊予国から一文字ずつ取られ「芸予」と呼ばれております。

大久野島には砲台跡が北部・中部・南部と3つございますが、今回は中部砲台跡のご紹介です。
中部砲台跡は3つの砲台跡の中でも特に保存状態が良い砲台跡で、兵舎の内部まで綺麗に残っている貴重な遺跡です。
大久野島では砲台跡の他にもたくさんの戦争の遺跡がございますので、歴史を学ぶのにも適しております。
そしてこの中部砲台跡の裏からの景色もとても綺麗ですので、大久野島の展望台に向かわれる際は、ぜひ中部砲台跡にも寄ってみてくださいね。

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