お知らせ

2019.04.05

志賀島の万葉歌碑

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スタッフ名:中山 弘章

5月から変わる元号『令和』の決め手となった万葉集!
この万葉集の歌碑が志賀島周辺には全部で10基建設されています。

令和に関わる歌はございませんが昭和40年代の始め、時あたかも明治100年、記念行事として旧志賀島町では、ゆかりの深い万葉歌碑の建設を行うこととしました。第1号が昭和44(1969)年6月に完成しました。
以降1年に1基の建設を予定されました。
志賀島に関する万葉歌は、全部で23首と言われています。
山上憶良の海人の歌 10首
覊旅の歌 4首
遣新羅使の歌 4首
塩に関する歌 4首
その他 1首

万葉集は本来「巻子本」で20巻で構成されており、概ね年代順に編集されているようです。
もちろん、原本ではありませんが万葉集のすべての文字は漢字で、いわゆる万葉仮名を主体として書かれています。(万葉仮名の例:香椎宮頓宮の万葉歌碑3首)

私たちが、現在読むことが出来る万葉集は、それぞれの歌の頭に1~4516の番号が付してあります。
これは「国歌大観」という和歌索引書による番号です。
明治34~36年発行の国歌大観による整理は、その後の国文学の発展におおいに寄与したそうです。
ちなみに、万葉歌碑1号碑の歌は、7巻の1230番となっています。
1から4号までが旧志賀町の建設で、昭和46年4月福岡市への合併後は旧町民の意志を継ぎ5号から10号を福岡市が建設されました。
8年の長きに亘った事業は、万葉歌の島としての志賀島を紹介する上で最高のものとなりました。

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