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2021.12.01

2022年の寅年は虎之助に参ろう

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スタッフ名:阿久津

領民に愛された築城の名人
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地元では「せいしょこ(清正公)さん」と呼ばれて親しまれる肥後熊本藩初代藩主の加藤清正公。幼名を虎之助と名乗り、豊臣秀吉には子供がいなかったため、正室の「おね」は、親戚である加藤清正や福島正則を実の子供のように大事に育てたとのことです。その後、豊臣秀吉に従って各地を転戦して武功を挙げました。秀吉没後は徳川家康に与し、関ヶ原の戦いでは東軍として九州で攻防を繰り広げ、その功績から肥後の領地を与えら熊本藩主になりましたが、最後まで豊臣家の行く末を案じていたと言われています。

熊本城

朝鮮出兵で虎退治
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秀吉の命を受けた朝鮮出兵では、1万人の兵を率いて先陣を任され、異国の地でも大活躍。現在のロシア国境付近まで兵を進め、一度は、目的である明との和平交渉に着きますが決裂。その後、秀吉が亡くなると戦意喪失のまま、明・朝鮮連合軍からの追撃にあいながら撤収、帰国します。
清正公を有名にしているものに朝鮮での虎退治の逸話があります。片鎌槍を振るって虎と戦っているありさまは、武者絵や五月人形にも仕立てられていますが、槍ではなく鉄砲で撃ちとめたという説も。

五月人形 人形の鈴勝HPより

寅年に因んでお参りするなら加藤神社がおすすめ
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熊本城内に鎮座する加藤神社は、“後の世の為”の政をして熊本発展の礎となった加藤清正公(セイショコさん)をお祀りしています。加藤清正公は、虎退治をしたり、負けなしの戦をしたことでも有名な武将です。その清正公をおまつりしている神社として、必勝祈願、学業成就、商売繁盛、病気平癒のご利益があるといわれています。

現在では、石田三成大嫌い武将、セロリ大好き武将、烏帽子型兜長すぎ武将としても人気の加藤清正公。2022年は「せいしょこさん」にあやかりに熊本を訪ねてみてはいかがでしょう。
 
 

加藤神社

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