初代庄内藩主を務めた酒井家とは
山形県鶴岡市には、旧庄内藩の藩校「致道館」から命名された致道(ちどう)博物館があり、同藩校で使用されていた文物や用具に加え庄内地方の民俗資料が収蔵・展示されています。
庄内藩の初代藩主酒井忠勝氏は、戦国武将で「徳川四天王の1人」と言われる酒井忠次の血筋。
そうなんです!現在大河ドラマ「どうする家康」で「海老すくい」の舞いを披露した武将が酒井忠次氏です。庄内藩酒井氏を語るうえで欠かすことができないのは、やはり忠次氏。藩祖の忠勝氏は、忠次氏の孫にあたります。
家康が天下を取れたのは徳川四天王の功績のおかげ!
家康の天下取りを支えた重臣4人を「徳川四天王」と呼んでいます。天下取りの道は前途多難、それでも天下統一という大きな目標に向けて邁進し続けられたのは、忠義に厚い家臣たちに恵まれていたからと言われています。四天王と呼ばれる4人を、現在放送中の大河ドラマ「どうする家康」のキャストでお伝えすると、更に分かり易くイメージできるかもしれません。
写真:酒井直次所用の朱塗黒糸威二枚胴具足、兜、小具足付
提供:公益財団法人 致道博物館
酒井忠次(さかいただつぐ 大河キャスト:大友南朋さん)
家康の義理の叔父で、第一の功臣といわれており、竹千代(家康)が今川義元への人質として駿府に赴く時も従い同行していました。宴会芸「海老すくい」の舞が得意な家臣団のまとめ役的な存在と言われています。
本田忠勝(ほんだただかつ 大河キャスト:山田裕貴さん)
生涯57回の戦の内、一度も手傷を負わなかった戦国最強武将で、合戦における忠勝の活躍は敵味方を問わずに賞賛されたと言われています。
榊原康政(さかきばらやすまさ 大河キャスト:杉野遥亮さん)
文武に優れた武将で、陪臣(家臣の家臣)の身分から、家康から「康」の一字を賜るなど、「徳川四天王」と呼ばれる重臣にまでに大出世しました。
井伊直政(いいなおまさ 大河キャスト:板垣李光人さん)
古文書にも顔の美しさを記されるほどの美形として知られていました。赤備えに派手な形の兜をかぶり、部隊の先頭で敵を蹴散らす姿から「井伊の赤鬼」と呼ばれていました。
酒井家庄内入部 401年記念特別展「徳川家康と酒井忠次」開催
2022年に藩主酒井家が庄内に入部して400年を迎えました。これからの50年、100年を新たな時代を刻む第一歩として、今年6月12日(月)まで、この特別展を開催しています。
展示品には、秀吉に降伏した信長の次男信雄(のぶかつ)が、家康にも家臣として従うよう促す内容の書状や、永禄7(1564)年「徳川家康御判物(ごはんもつ)酒井忠次宛」(致道博物館蔵)が展示されています。
徳川家康御判物は、家康が三河を統一した際、吉田城攻略と積年の功を賞して、忠次に吉田城を与えて東三河の統治を任せるという内容が書かれています。それは徳川家の重臣として忠次の地位を実質的に保証したもので、左衛門尉(さえもんのじょう)酒井家にとってはとても重要な史料とのことです。一見の価値あり!
他にも、「長篠の戦」で得たといわれる名刀「袖ノ雪」や、忠次氏所用の甲冑など、庄内藩酒井家の遺宝が所蔵されています。
ぜひ訪ねてみてください。
写真:致道博物館内展示室
亀甲花菱紋皮羽織:長篠合戦の褒美として信長から忠次が拝領したと伝わる
太刀 袖ノ雪 袖に積もる雪のように「さわれば落ちる」
提供:公益財団法人 致道博物館
「時を刻む ―酒井家庄内入部401年特別展 徳川家康と酒井忠
致道博物館に行くなら、休暇村庄内羽黒が便利です