まもなく新米の季節 コシヒカリについて調べてみた
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スタッフ名:野口新之介(朝食はパン)
まだまだ暑い日が続きますが、9月に入り米どころ福井ではまもなく新米の季節を迎えようとしています。
全国各地にゆめぴりか・ひとめぼれ・いちほまれ・つや姫・新之助といったブランド米が栽培されていますが、ロングセラー「コシヒカリ」について調べてみました。
コシヒカリは新潟県ではなく、実は福井県生まれというのは「そこそこ」有名な話なのですが、その歴史について調べてみました。
昭和19年に、新潟県農業試験場で「農林22号」と「農林1号」という品種の交配が試験的に行われましたが、戦争が激しくなりそれどころではなくなり、一旦この計画は見送られました。
終戦後昭和22年にこの育成事業が福井農事改良実験所(現:福井県農業試験場)に引き継がれ「越南17号」という、後のコシヒカリが誕生します。
当初は病気に弱い品種だったそうですが、福井県・新潟県をはじめ各地で栽培方法を見直されながら全国に広がりました。
ちなみにかつてコシヒカリと人気を二分したササニシキも「農林22号」と「農林1号」の交配から作られていますので親戚のような感じでしょうか。ササニシキは病気や気象被害に弱いという弱点を克服しきれず、作付面積が徐々に減少していきましたが、現在でも寿司米としては重宝され宮城県を中心に栽培は続けられているそうです。
「コシヒカリ」は、「越前(福井)と越後(新潟)共通の「越の国」で光り輝く米に育ってほしい」という願いが込められたネーミングだったそうです。
福井でコシヒカリを育てた石墨慶一郎さんの銅像です。
銅像の前にコシヒカリの両親(農林1号・農林22号)が植えられているようです。
右手には稲穂、足元には長靴。
コシヒカリが福井で生まれたことを知る人がどのくらいいるかわかりませんが、誰が作ったのかを知る人は相当少ないのではないでしょうか?
石墨慶一郎さんの経歴や功績が書かれています。
現在もたくさんの人に愛されているコシヒカリ。
石墨さんはコシヒカリの父と呼ばれています。
休暇村のお米は福井県産コシヒカリ。
ロングセラーであるのは、やはり多くの日本人の味覚に合うお米なんでしょうね。
食事の際、ちょっとコシヒカリの歴史を思い出していただけると嬉しいです。
【石墨慶一郎さんの銅像の場所】
福井県坂井市丸岡町舟寄地区(休暇村から車で約25分)