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2022.09.07

三国町の歴史案内 ~第三弾「三国町の町並・文化」~

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スタッフ名:杉森

遊女と俳人、想いをのせて
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~賑わいを誇った遊郭街~
遂に第三弾を迎えました三国町の歴史案内。今回は「三国町の町並・文化」をご紹介したいと思います。三国町の歴史に刻まれた顔と言えば遊郭街です。民謡の三国節には、「酒は酒屋、濃茶は茶屋で、三国小女郎は松ケ下」という一節があります。さらに三国遊郭を舞台とした三国湊の遊女の物語りは、近松門左衛門の「けいせい仏の原」などにも登場します。また、三國湊の遊女は教養の高さでも知られ、身に付けさせたのが、真宗寺院「永正寺」の住職です。
 
この寺は、「文人墨谷」”ぶんじんぼっかく”を招いて河口の景色を愛でながら句会を催さられたことでも知られ、遊女であり、俳人の「哥川」を輩出した寺院でもあります。それ程三国港の遊女は教養が高かったのです。
~遊郭に通じる橋~
通称「思案橋」。遊郭の入口であり、行くか行かないかを思案する事からこの名が付いたそうです。
通称「見返り橋」。遊郭の出口になります。楽しい時を過ごし帰りに名残惜しく見返す事から付けられたそうです。
~詩人・俳人、惹き寄せた街~
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三国町の歴史の中で欠かせないのが、文筆家たちとの深い係わりです。多くの詩人・俳人がこの地を訪れ、留まり、筆を執りました。詩人「三好達治」が愛した↑の元料亭「たかだや」です。5年間三国に滞在をし、その間「花筐」「故郷の花」「日光月光集」などを発表しました。三国を去ったのちも「心のふるさと」と懐かしんだそうです。三国滞在の頃、料亭「たかだや」に頻繁に通い、三国の風情を親しみました。また、芥川賞作家の「多田裕計」も三国の地を気に入り滞在し「三好達治」らと交流を持ちました。
~美人薄命 女流俳人~
女流俳人「森田愛子」は、三国の豪商「森田三郎右衛門」と芸妓「田中よしと」との間に生まれました。その容姿は端麗で、学生時代は通行人が振り返るほどだったそうです。「高浜虚子」門下の「伊藤粕翠」と出会い、弟子入り。「高浜虚子」もこの孫弟子をいたく可愛がりました。美人薄命とはこの事で、愛子は29歳で生涯を終えます。亡くなる三日前に高浜虚子宛に電報を打ちます。「ニジ キエテスデ ニナケレド アルゴ トシ」”虹消えてすでに無けれどある如し”これは「高浜虚子」が愛子を想って詠んだ「虹」に答えたものです。

皆さん、第三弾「三国町の町並・文化」は如何でしたか!この様に三国の町は、文化人の出身や文学に関わる人たちを惹き付ける力があるのかもしれません。是非、三国町を散策してみてはいかがですか。また、第四弾を作成中なのでお楽しみに。そして、休暇村越前三国にもお越しください。

福井県坂井市三国町神明2丁目10-42 休暇村越前三国より車で約15分

 

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