福井のソウルフード~越前おろし蕎麦の歴史~
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スタッフ名:杉森
福井のソウルフード「越前おろし蕎麦」
こんにちは!
WBCが終わり興奮冷め止まぬうちに、今度は選抜高校野球の決勝戦でした。結果は山梨学園が報徳高校を7-3でやぶり優勝しました。高校生たちが、一生懸命白球を追いかけている姿に、何か心洗われる気持ちになりながら決勝戦を見ていました。自分も一生懸命になれるものを見つけ、頑張っていこうと決意した今日この頃、皆さんはいかがお過ごしでしょうか。どうもスタッフの杉森です。
~お蕎麦~
"福井と言えば「越前おろし蕎麦」"。今回は趣向を変えその歴史をご紹介していきたいと思います。蕎麦といえば、日本人のソウルフードの1つです。日本全国に様々な蕎麦がありますが、福井県嶺北地方では冷たい蕎麦にたっぷりの大根おろしと削り節、刻み葱をのせて食べる「越前おろし蕎麦」が有名です。シンプルな料理ですが、とても奥が深い物です。
「越前おろし蕎麦」の名付け親
「越前おろし蕎麦」は1947年に昭和天皇が福井県を訪れた際に蕎麦を召し上がり、大変気に入って「あの越前のそばは美味しかった」と仰せになられた事から「越前そば(越前おろし蕎麦)」と命名されました。
福井の蕎麦は戦での非常食から生まれた
福井の蕎麦の起源は戦国時代。一乗谷朝倉孝景が城下の人々に戦や災害に備える救荒食として、米よりも栄養が豊富で収穫期間が短い蕎麦の栽培を奨励したのがはじまりだといわれています。
米より短期間の約75日で種蒔きから収穫できる為、非常用の食糧として積極的に栽培される様になりました。しかし、まだこの頃はそばがきやそば団子が多く、そば粉を麺にして食べる「そば切り」はまだ誕生していませんでした。
「そば切り」と呼ばれる麺状の蕎麦が食べられる様になったのは1601年に本田富正が府中城主として赴任してからです。本田富正は京都から府中に赴任する際にそば職人の金子権左衛門を連れて来て、彼が「そば切り」と大根おろしを添える「越前おろし蕎麦」を広めたといわれています。
蕎麦の花、綺麗なのですが・・・
8月下旬ごろ、広大なそば畑には花が咲き乱れて、真っ白な絨毯の様になります。その姿からは、野原に咲く花の可憐な匂い、という先入観があります。
しかし、蕎麦の花の匂いは、その想像を見事に打ち消す程のインパクトが有ります。例えて言うなら、畑の糞肥料、汲み取り式トイレ、肥溜め、くさや・・・等。蕎麦の花の匂いで苦情が出る程です。
~「越前おろし蕎麦」の色~
更科そばに代表される、実だけを挽いた一般的なそばと異なり、越前そばは殻もすべて含めた挽きぐるみ粉で作る田舎そばです。そばの香りと風味が強く、黒っぽい色合いに仕上がるのが特徴です。
また、蕎麦を打つときはつなぎに小麦粉を使用しますが、越前そばでは強力粉をつなぎに用います。ゆで上がりを冷水にさらしたそばは、歯ごたえのある硬い食感が特徴で、喉ごしを楽しむというよりは、噛んで食べるそばのイメージが強いようです。
「越前そば」は田舎そば、山家そばと呼ばれて
田舎そばは「山家そば」とも呼ばれます。「山家そば」とは山家で味わうような趣に仕立てた蕎麦という意味もありますが、洗練された江戸風蕎麦の反対の無骨な蕎麦と揶揄された呼び方としても取れます。
もちろん、福井の蕎麦は美味しいのが当たり前。そば処福井は「越前おろしそば」だけではなく、二八蕎麦、十割蕎麦など、色々なお蕎麦のレベルが高いです。お蕎麦屋さんは、好みにもよりますが、大抵のお店は美味しいです。
今回のご紹介は以上になります。本当に美味しいので、是非、福井にお蕎麦を食べに来て下さい。お待ちしております。また、休暇村越前三国もお待ちしております。