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2023.07.19

東にあるのに西別院? -本願寺福井別院(通称西別院)-

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スタッフ名:杉森

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こんにちは!
最近、異常なまでの気温が毎日全国で更新されている中、ダイエットの為にウォーキングを続けていますが、少し歩くだけで、汗が滴り落ち、すぐに息が上がってしまいます。それでも何とか、朝方の時間などを利用し続けていますが、一向に体重が減らず心折れかけている今日この頃、皆さんいかがお過ごしでしょうか。スタッフの杉森です。

今回ご紹介するのは、「本願寺福井別院」通称「西別院」です。タイトルにもある様に「東別院」の寺院は福井市の西側にあり、「西別院」は福井市の東側にあります。何故逆なのか、今回調べてみて初めて分かりました。
-「本願寺福井別院」の歴史-
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1475年に蓮如が吉崎を退去し、畿内へ向かいます。これをうけ越前国守、朝倉敏景の請により吉崎御坊は同年一乗谷に移転、福井御坊の起源となる。1584年東郷領主、長谷川秀一が東郷に坊舎を移築し、1585年秀吉の命により北ノ庄城主となった堀秀政が真宗に帰依し、北ノ庄柳町に方百間の寺地を寄進、その子秀治のときに堂宇を建立しました。1600年に家康の次男結城秀康が越前領主となり、1640年本願寺第12代准如の第9子理光院照円が入寺。
1659年福井藩主第4代松平光通の時、現在地に移る。堂宇は数度の火災に遭い、1862年に再建された本堂伽藍は全国屈指の威容を誇りました。明治9年、福井御坊を福井別院と改称。昭和20年、福井空襲ですべてを消失し同23年福井震災で仮本堂を焼失。
現在の本堂は昭和38年、門徒会館は同48年にそれぞれ崇敬門信徒の懇念により再建され、平成5年本堂と門徒会館の改修及び式台と役宅が新築されました。平成8年に蓮如上人500回遠忌法要が行われ、また、平成24年、本堂・内陣・門徒会館の改修がされ、平成25年に親鸞聖人750回大遠忌法要がそれぞれ本願寺第24代即如門主親修のもとで勤修され、現在に至ります。
-「西別院」「東別院」は場所では無く宗派!-
浄土真宗は多くの宗派に分かれています。その中でも最大のものが東本願寺を本山とする真宗大谷派と西本願寺を本山とする本願寺派です。キリスト教にもカトリックとプロテスタントがあるのと同じです。
なので、「本願寺福井別院」は西本願寺派なので「西別院」、「福井別院本瑞寺」は東本願寺を本山とする真宗大谷派なので「東別院」となり、場所から「西別院」「東別院」となったわけではなかったのです。
-可愛い親鸞聖人と梵鐘-
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「本願寺福井別院」に足を運ぶと、境内に幼稚園があり、その前には可愛らしい親鸞聖人の像が建っています。数珠を首から下げ、お花も供えられ、とても手厚く手入れをしているのが分かります。それと、4階建ての屋上に梵鐘があり、毎朝6時には鐘の音が鳴り響きます。近くの公園では、これから夏休みのラジオ体操がこの鐘の音と共に行われるそうです。そこには昭和を思い出させる景色が広がっています。是非このノスタルジックな景色がある「本願寺福井別院」に足を運んでみませんか?また、景色だけではなく報恩講を体験するのも良いかと思います。勿論、休暇村越前三国にもお寄り下さい。お持ちしております。

「本願寺福井別院」 福井県福井市松本4丁目9−21 休暇村越前三国より車で約60分

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