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2024.11.27

日本海のレトロな守り神 -立石岬灯台-

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スタッフ名:杉森

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こんにちは!
残念。プレミア12決勝戦、台湾(チャイニーズ・タイペイ)に0対4で完敗、いいとこ無しで決勝戦を終えました。打線は、左腕・林昱珉の150キロ前後のストレートやキレ味鋭いスライダーなどの変化球に苦しめられ、4回まで源田壮亮のピッチャー強襲安打1本のみに抑えられました。すると5回には戸郷に150キロのストレートをライトスタンドに運ばれ先制点、その後ランナーを貯め再びライトスタンドへ3ランホームランを浴び0対4。その後善戦したものの点数が取れずゲームセット。大会2連覇を逃しました。個人的に残念な出来事があった今日この頃、皆さん如何お過ごしでしょうか。
スタッフ杉森です。

今回ご紹介するのは「立石岬灯台」です。立石岬は敦賀半島の先端、敦賀港の入口に位置します。付近には立石漁港があり、半島を北上する道はこの地点で終端となります。そんな場所に「立石岬灯台」があります。

 
なかなか険しい道のり
「立石岬灯台」入口に到着しました。クマ出没注意とありましたが、気にせず進みました。
入口から直ぐに、またクマ注意の看板。あれ、これヤバいやつと思いスマホの音楽を流し進んでいきました。
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右側には海、獣道の周りはススキが生い茂り、秋を感じさせる散策になるのかと思いきや、進んで行くと緑のトンネル。「これ大丈夫?」と思いながらトンネルを抜けていくと、日ごろ運動不足の自分にはチョットきつめの登り口が出迎えてくれました。覚悟を決めていざ登り始めると、直ぐに息があがり、汗が滴り落ち、だんだん足が上がらなくなり、ついには何度も休憩しながら進むようになりました。それでも進んで行くと、ようやく「立石岬灯台」が見えてきました。
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「立石岬灯台」の概要
立石岬灯台は、立石岬に建つ白い石造りの中型灯台で、明治14年に石造り灯台としては初めて日本人のみによる設計、施工で建設されました。日本海沿岸では2番目に建てられた歴史のある灯台です。当初は石油ランプを使用していましたが、大正3年にはアセチレンガス灯、昭和13年には電灯となり、光源も近代化されていきました。昭和35年には近代的な灯器に交換、自動化されました。役目を終えて取り外されたフランス製のフレネル式レンズは敦賀市立博物館に寄贈されました。
 
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昭和36年の自動化までは、灯台に併設された宿舎には、夜暗くなると灯台に灯りをともしたり、灯具を整備したりする職員が暮らしていました。自動化にともない、灯台は無人となって宿舎は撤去されてしまいましたが、灯台を囲む柵と門柱にその名残を見ることができます。
 
また、港敦賀と歩んだ「立石岬灯台」は敦賀市の市章にもデザインされており、敦賀のシンボル的な建造物のひとつです。
「立石岬灯台」のご紹介は以上になります。自分が考えていた灯台と少し違い、ちょっと背が低く可愛い感じでした。一方で「立石岬灯台」は明治14年から、この敦賀湾を守り抜いてきた力強さを感じさせてもくれました。そんな素敵な灯台に行ってみてはいかがでしょうか。運動不足の方は覚悟と運動靴の準備をお勧めします。覚悟と準備に見合った景色がみれますよ。

「立石岬灯台」 福井県敦賀市字立石ェリヶ崎 休暇村越前三国から車で約120分

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