ブログ

2023.04.14

奇跡の雪形 ~磐梯山のやせ狐&吾妻小富士の雪うさぎ

2,072 view

スタッフ名:高梨

画像1
 雪国の山で雪解けが進むと、独特の形の「雪形」が山肌に現れ、麓の人々に親しまれます。
 
 丁度農作業が始まる頃なので、その雪形の出現が作業始めの目安になっているところもあるようです。裏磐梯周辺では、ひときわ傑作の雪形が今見られるのでここに紹介します。
 
 まず、磐梯山のやせ狐。

 
画像1
画像2
画像3
 磐梯山の南西麓から見られるもので、磐梯町や磐梯山インター付近が適しています。
 
 かなりの痩せキツネですね。後肢の曲がり具合、すんなり伸びる前肢、顔、眼、耳などまるで奇跡的にキツネそのものです。例年、4月上旬から下旬に現れ、すこしづつキツネの姿も変わり、しまいにはひどい痩せ狐となって消失します。(この写真は4月8日撮影)
 
 その昔、磐梯山周辺には、「守り狐」伝説がありました。これは、山形長井の伊達照宗・政宗親子が執拗に会津を攻め、会津の地を略奪しようとしていたのですが、ついに策略の得意な伊達政宗により、前線基地の桧原にあった会津芦名家の穴沢一族が滅ぼされたときに、穴沢家の婦女たちが逃げ戻るときに、どこからともなく多くの狐が現れ、夜道を狐火で誘導したので子孫が根絶やしにならなかったとの言い伝えがあります。

 
 しかしその後、政宗は別ルートから会津を再度攻め、1589年の「摺上原の合戦」で、完全に会津芦名家に勝利し、会津は伊達家の領地となり、妻子も呼んで会津の領主となりました。しかし豊臣秀吉の「奥州仕置」によりわずか一年で伊達政宗は会津から退去させられ、山形にもどり、その後仙台藩の領主になります。
 
 次の写真は、摺上原(現磐梯町磨上)の佐良志奈神社から磐梯山を見たものです。
山頂直下のやせ狐の雪形は、伊達家が占領した当時も摺上原と会津を見下ろしていたものと思われます。伊達家では、「なんと不気味な狐」と思って見上げていたかもしれません。
 
『会津の守り狐だったのです。そのたたりから、あくどい智略の得意な政宗が会津から退去させられたのです。』(この2行は全く私のフィクション!)・・・
 
 
画像1
画像1
画像1
 上は裏磐梯の木地師集落に伝わる素朴な民芸品「守り狐」です。

 
 さて次は、吾妻連峰、東吾妻火山群のなかの吾妻小富士の東斜面に現れる「雪ウサギ」です。

(今年4月8日撮影です。)
画像1
 こちらは、情報もフィクションもありません。ただご覧ください。やはりまるでうさぎですね。

 吾妻山の東の福島市方面からだと、どこからも見えます。
 
 
画像1
 雪形は、山の地形、谷筋と残雪の量などによる偶然の産物ですが、驚きですね。

 とにかく四月の山は、麓から眺めるのがいい。登るのは五月になってからがちょうどいいですよ

休暇村裏磐梯はこんなホテル

スタッフ

Staff blog

Archive

2026年(119)
2025年(241)
2024年(216)
2023年(362)
2022年(355)
2021年(365)
2020年(355)
2019年(364)
2018年(369)
2017年(186)
PAGE TOP