秋の歴史旅 明智光秀ゆかりの称念寺
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スタッフ名:野口新之介(歴史好き)
美濃の斎藤義龍との戦いに敗れた明智光秀は1556年、奥さんの熙子さんとともに越前に逃れてきました。
それから10年間ほど坂井市丸岡町にあります称念寺の近辺に住んでいたとの記録が残されています。
光秀は称念寺の門前に寺子屋を開いて学問を教えつつ、称念寺に往来する僧らと交流を持って各地の情報収集をして朝倉氏への仕官に繋がったとのことです。
大河ドラマ「麒麟がくる」の頃には大型バスが何台も来ていましたが、最近は落ち着いた様子。
先日、久し振りに訪れてみました。
奥さんの熙子さんが自分の髪の毛を売って、そのお金で光秀が連歌の会に参加し、朝倉氏との交流に繋がった伝説が松尾芭蕉の歌に残されています。
明智家の家紋でもある水色桔梗が元気に咲いていました。
お寺のすぐ横は北陸新幹線の高架。戦国時代の人がタイムスリップしてきたらビックリするでしょうね。
心地よい秋、福井の歴史旅はいかがでしょうか?
三女の細川ガラシャの生誕地も称念寺だとされています。また、新田義貞のお墓もこちらのお寺です。小さなお寺ですが歴史好きにはとても興味深い場所ですね。
【称念寺】
福井県坂井市丸岡町長崎19-17
休暇村越前三国より車で約25分
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