- 休暇村で働く魅力とは? - 先輩からの
メッセージ
本部
営業本部長
矢津田 則幸やつだ のりゆき
新卒1987年入社(37年目)
- [キャリアパス]
- 1987年入社→総務部→1988年施設部→1989年南伊豆 営業係→1990年営業主任→1992年営業係長→1993年福岡営業所 所長代理→1995年所長→同年志賀島 営業課長代理→1997年総務部 資金課長代理→1998年資金課長→同年経理課長→2002年経理部次長→同年磐梯高原 副支配人→2004年伊良湖 支配人→2007年能登千里浜 支配人→2009年営業本部 部長→2014年日光湯元 支配人→2015年日光湯元 総支配人→2016年南伊豆 総支配人→ 2018年営業企画部 営業本部長
「常識」のフィルターを通してものを見ない
- 入社決定のポイント
- 当時、休暇村の入社試験は他社より遅かったと思います。他社の内定を頂いていましたが、なんとなく普通の会社員になることに気が乗らず、就職課の掲示板で「国民休暇村」の求人票が目に入り受けてみました。
一次試験が筆記、二次試験が面接だったと思います。福岡から二度、試験のため上京しました。二次試験の面接でかなり厳しいことを言われ、多少カッとなり、落ちても構わないと思い、自分なりの考えで反論しました。ダメだろうと思っていた所、合格の連絡がありました。面白い組織なのかなと思い、内定を頂いていた会社に断りを入れ、休暇村に入社しました。

- 働く上で大切にしていること
- ・若い頃に「イヤ」だとか「疑問」に思ったことを見直し、より働き易い会社にしていくこと。その
時のポジションで解決できなくても、それが出来るポジションにたどり着けば、その頃の気持ちを思
い出し実現するようにしています。 例えば、若い頃は連続した休暇がとれず、遠方への旅行は実現
出来ませんでした。支配人になってからは、自分自身も旅行に行きたいということもあり、まずスタ
ッフが1週間の休みをとれる環境を作るようにしてきました。 このような休暇もリフレッシュ休暇
として、今では当たり前のことになりつつあります。それでも、まだまだ解決しきれていない「イヤ」「疑問」が残っており、解決に取り組み続けています。
・「 普通、当たり前、常識」というフィルターを通して物を見ない。新しいものを生み出し、より良
くしていくための、重要なキーワードだと思います。これは大切な事というより、そういう性格なの
だと思います。

- 心に残るエピソード
- ・お子様に喜んで頂けるような取り組みに力を入れていた休暇村で、お電話でご予約頂いたお客様から「ホームページを見たら子供が楽しそうで楽しみ」と言う言葉を頂いたこと。
・大変人気の高い休暇村で、もっと人気の高いホテルにしたいと、サービスの見直しを続けていたところ「こんなに人気の高いホテルなのに、去年より良くなっているなんて信じられない。」と言う言葉を頂いたこと。
・総支配人として勤務していた休暇村から転勤する際、スタッフからのメッセージに「総支配人が来て、本当に館内が綺麗になった。」と言う言葉があったこと。
そのように取り組んでいた事が、伝わったと感じられた時の喜びが、一つ一つ心に残っています。

- 現在の仕事内容
- 営業本部長と企画調査部長という、二つの役職を兼務しているので、仕事は幅広いものになっています。
・休暇村の新設に関する仕事。一番新しい休暇村「リトリート安曇野ホテル」のプロジェクトにも関わっています。また、既存休暇村のリニューアルに関する業務にも関わっており、対象村を選定しプロジェクトを組みリニューアル内容を決定し、ハードの魅力強化を図っています。
・全村で取り組む商品やサービスの企画や見直し、ホームページやパンフレット等の発信力強化にも力をいれています。
・会報誌倶楽部Qに関する仕事。倶楽部Qは発行部数27万部以上の情報誌で年間4回発行しており、売上にも大きな影響があります。毎号一つの休暇村を取り上げ特集しますが、どのような視点でとらえ魅力を伝えるか、そういう情報誌の作成という業務も大切にしている仕事です。
・海洋プラスチックごみの削減等、自然環境への関わり方に関する仕事にも携わっています。環境に関する取り組みは、39才で初めて休暇村伊良湖の支配人になった頃から、力を入れてきました。
出来るだけ多くの事に対応出来るように、スピーディーな仕事を心がけています。

- 就職活動中の皆さんへのメッセージ
- 誰もが目標を持って社会人になる訳ではありません。
私は初めて配置された休暇村で、まだ役職もない頃ですが、新しい宿泊プランの企画を任され、5年目の主任の頃には売店や喫茶の改装を任されていました。その後も、休暇村の現場だけではなく、福岡営業所、本部の経理部、本部の営業本部と色々な仕事を担当しました。その時、その場で目標は持てるものです。
社風に合うか気になる方もいると思います。入社当初は、この会社に合うタイプ、認められるタイプの人間じゃないと感じることがよくありました。今は、自分には自分のスタイルがあると、社風に合うとか合わないとか考えることもなくなりました。社風というものがあるとしても、それも変化していくものだと思います。
地元志向の方もいると思います。私も生まれ育った九州、福岡、特に学生時代を過ごした博多が大好きですが、休暇村に就職し、東北から四国、北陸と色々な場所で生活し、それぞれの場所の良さを知ることが出来ました。大海を知らずに人生を終えることも幸せだと思いますが、日本全国で生活すると、もう少し大きな幸せがあることを知るかもしれません。

- 遊びもスキルアップに
- 例えば南伊豆勤務の休日
夏は天気がよければ、水着にTシャツで車に乗り20分、人気のシュノーケリングスポット「ヒリゾ浜」へ。週末やお盆は早朝から満車になることもあるビーチです。シュノーケリンの後は、コインシャワーの行列には並ばず、ペットボトルで持参した水道水で簡易シャワー。車のシートにレジャーシートを敷き海水パンツとTシャツまま帰宅しシャワーをあびる。
夏が終われば、自転車にキャンプ用のチェアを積み、10分の「吉佐美大浜」へ。誰もいない真っ白い砂浜で、青い海を見ながら音楽を聞き、波の音を聴きながら本を読む、そんな休日も身近にあります。
美しい日本の風景が身近な休暇村には、小説や映画、アニメの舞台になったような場所も多く、そういう場所を訪ねる、旅番組で取り上げられたご当地グルメをめぐる、そんな休日もいいかもしれません。下田は三島由紀夫ゆかりの地で、小説の舞台にもなっています。映画やテレビドラマの撮影スポットとなった場所もありました。
-南伊豆の休日を綴ったスタッフブログ-
ヒリゾ浜 透視度 最高宣言の日

プライベートショット

旅行
家族で旅行に行くときは、海外はほぼバリ島という、バリ好き家族です。国内なら八重山諸島。就職後バリ島には9回、八重山諸島にも6回は行っているので、結構、しっかりと休んでいます。
最近は、家族と同じ日に休日をとるということが難しく、一人旅も増えています。有名な建築家の建物を見ることや知らない街を歩く事が好きなので、そういう旅をしています。気に入っているのは、高松を拠点に瀬戸内国際芸術祭の島々を巡る旅。今年は尾道から今治まで、しまなみ海道を自転車で渡り、すごく楽しかったので、この旅も増えそうな気がします。

冬にキャンプ
単身赴任なので、休日は自由に使えています。小学生のころから好きな映画館には年に20〜30回。中学生の頃からロック好きで、ライブハウスの多い博多で学生時代を過ごし、ライブに行くのも日常で年10回程度。その他、旅行・演劇・サッカー観戦が2〜3回、残りは自転車でプラプラという感じです。休暇村勤務の時は、海遊び、山遊びがぐっと増えます。キャンプも好きですが、子供達も大きくなりファミリーキャンプは卒業、ソロや、友達と楽しんでいます。春や秋、最近は冬にスノーシュー&キャンプを楽しんだりしています。

サッカー観戦
年に2〜3回はサッカーを見に行きます。福岡出身なので、どうしても地元チームのアビスパ福岡が気になります。日本代表の試合もかなり見ています。2002ワールドカップは、運良くグループリーグの日本戦3戦のチケットが当選し、まだ幼稚園だった息子と観戦しました。当時は埼玉に住んでいたので、埼玉スタジアム2002で行われたベルギーとの開幕戦には、ママチャリ2人乗りでワールドカップ観戦に行きました。
私が働いている、休暇村のココが自慢

都会生活では簡単には体験出来ない事が、日常の中にあり、特別なものではありません。海の休暇村、山の休暇村、様々な場所に勤務し体験できた事は、キャンプ、スキューバダイビング、スキー、クロスカントリースキー、カヌー、カヤック、スノーシュー、トレッキング。仕事帰りに夜空を見上げれば、星の多さにも気づくでしょう。研修では天体望遠鏡や天文台の操作、星空の写真撮影も身につけることができました。
この業界に興味がある人には、旅行が好きな人も多いでしょう。趣味で利用したホテルや、旅先で食べた料理にも、仕事に役立つヒントがいっぱいです。
自分が楽しんだ分、お客様にも楽しさを伝えることができ、自分自身のスキルアップにもつながる、これも休暇村の魅力です。
ほかの先輩を見る

期待以上のサービスを

本田 佑一営業課長
中途2010年入社(14年目)

情熱的に仕事に向き合う!

キム ジヨン営業係長
新卒2016年入社(8年目)

日々新、常に何かを考える

大野 順一副支配人(施設担当)
中途1992年入社(32年目)

創るのは自分である

齊藤 勝史副支配人(料理担当)
新卒1991年入社(33年目)
先輩一覧を見る