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2021.03.27

2万5千年前の渚にて ~今は日・米・伊料理のレストラン通り

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スタッフ名:高梨

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 この写真は、5月下旬の磐梯山頂から猪苗代湖方面を見下した時のものです。湖の周りの水田は田植え直後なので水が入り、まるで湖が大きくなったかのような光景です。
 実は、昔のできたばかりの猪苗代湖は、ほぼこのサイズでした。
 
 それが今の大きさになったのは、以下のような磐梯山噴火に関わる大地の変化があったのです。

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 国内第4位の面積を持つ猪苗代湖は、4万2千年前の磐梯山の南西側の噴火による山体崩壊~岩なだれで、日橋川が堰き止められて誕生しました。その時の岩なだれは明治の噴火で裏磐梯を襲った岩なだれより規模が大きく、流れ山地形(岩が重なり合ってできる小山)も、より高く比高100m位ありました。
 
 そのためもあって、できたばかりの猪苗代湖面の標高は、現在の514mより高く550m位あったといいます。つまり現在の猪苗代湖よりさらに大きく、北側(磐梯山側)の湖岸線は現在の県道7号線(猪苗代~塩川線)あたりだったようです。

 次の写真は、最初の写真とは逆に、田んぼの中から磐梯山頂方面を見たものです。
田んぼと森の境界あたりが県道7号線の位置、昔の渚だったところです。

 
 
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 また次の地図は、今の湖岸線(細い実線)と4万年前の湖岸線(色のついた部分で囲まれた実線)を示したものです。
 (※ 磐梯山頂からの写真と対比しやすいよう上下を逆にしてあります。)

 オレンジ色の点線が県道7号線の位置で、ピンク色の矢印が磐梯山頂から猪苗代湖を見下ろす方向を示しています。



 
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 その後、流れなくなっていた日橋川は、下流側からの河川侵攻により岩なだれ堆積物が次第に崩されて現在のような流路に再開され、湖の水が会津盆地に流れはじめ猪苗代湖が現在の大きさになりまた。
 
 その証拠に、この県道7号線沿いの大地には、拡大時の湖の水底で土砂が堆積してできた地層(砂川層)が広がっています。その中には湖の波浪や沿岸流などで堆積物が動かされてできた水平のすじが残っています。(陸上で堆積した地層にはこのすじはできません。)

 
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 そしてその地層の最上部に、次の写真のように、真っ白な、細かなガラス質の泥の層が、明瞭に5㎝ほどの厚さではさまっています。これは、顕微鏡観察で粒子が高熱で溶けた様子が見え、かつ一緒に入っている鉱物の組成から、2万5千年前の南九州の姶良カルデラ(あいらカルデラ;現在の鹿児島湾が噴火口だった巨大火山)からの火山灰と、研究者により同定されています。
 
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 姶良カルデラからの噴出物は、南九州各地にシラス(白砂)大地をつくり、その一部が偏西風に乗って東北地方まで飛んできて猪苗代湖岸にも雪のように降り積もったのです。
地球史上最大級の火山噴火だったのです。
 
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 猪苗代湖の北西岸には後期旧石器時代中ごろ(約3万2千年前)の笹山原遺跡がありますが、その後の旧石器人も、ナウマンゾウやオオツノジカの狩りをしながら、こうした真っ白になった湖岸の光景を眼にしていたかもしれません。
 
 県道7号線は猪苗代町から磐梯町、喜多方市、会津若松市に行く主要道です。現在、道路沿いには、ハンバーガーショップ、イタリアンレストラン、農家食堂等々のユニークなレストランやカフェなどが立ち並んでおります。
 
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 2万5千年前の渚にて、おいしいものを食べつつ、当時の光景をご想像ください。
すぐ眼の前まで湖があり、南九州の火山からの火山灰で白い渚になったのです・・・
 
 こんなことを想像しながら、現在の我々人類の立ち位置に思いを巡らす。それもジオの眼でみた磐梯山ジオパークらしい楽しみ方です!
 
 上記、日・米・伊のレストランの紹介を少し。
 
 
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(日) 農家食堂アコースティックMIYU (まるで非日本的店名ですが)
    ~手打ち蕎麦中心のご膳が主体ですが、田舎らしいサイドメニューが充実~
     セットメニューは蕎麦膳(ぽっきり1000円! そばも上質、大満足です!
 
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(米) ハンバーガーショップ・Hiro’s Diner ヒーローズ・ダイナー
    ~日本離れしたアメリカ流の巨大でおいしいハンバーガーショップ~
     分厚いベーコンはじめ豪華な素材のヒーロー・バーガー850円
     
 
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(伊) イタリアンレストラン・アンクル
    ~ゴルゴンゾラチーズのアルフレート・スパゲッティが本格派でおいしい!


※ アンクルは、現在、休業中です。暖かくなってから再オープンするそうです。
 
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