今回は、休暇村南紀勝浦から車で約15分のところにある、国道42号の旧道「旧湯川隧道」のご紹介をいたします。
旧湯川隧道があるのは那智勝浦町の湯川地区で、那智勝浦町の中心市街地から湯川温泉の方へ抜ける間になります。
「甫子浦口」というバス停が近くにあるのでそちらが目印です。
バス停から湯川方面へ少し進むと国道42号の道路標識が見えてきて、その奥に現道の湯川隧道が見えてきました。
現在使用されている湯川隧道は右にカーブしながら道が続いていますが、そのすぐ手前に不自然にまっすぐ伸びていく歩行者・自転車用の専用道があり、そちらが国道42号の旧道と旧湯川隧道となります。
現道の湯川隧道は1972年に建設されたもので、長さが350メートル・幅7.5メートルと十分な道路幅が確保されており、大型車同士の離合も問題なくできています。
新しい方と言っても建設から50年以上経過しているので、中を覗くとかなり年季が入っているのがわかります。
トンネルの真上に「湯川隧道」と書かれた扁額がありますが、ツタに覆われて隠れてしまっています。
さて、ここからは旧道区間である、現在の歩行者・自転車専用道へと向かっていきます。
歩行者・自転車専用道ではありますが木がトンネルのようになっていて薄暗く、この先に歩いて行くのを躊躇うような少し不気味な雰囲気があります。
落石対策でしょうか、両サイドにコンクリートの塀のようなものが設けられています。
街灯があるので夜でも真っ暗ではないのでしょうが、あまり通りたくはない雰囲気が昼のうちから漂っています。
塀の奥を見ると苔に覆われた石垣がありました。
こちらが現役だった時に使われていた道路脇の石垣でしょうか。
旧道区間を進むことほんの数メートルで、「旧湯川隧道」が姿を現しました。
出口が見える一直線のトンネルではありますが、幅は車一台分しかないかなり狭いトンネルです。
旧道区間に入ってからここまで、両サイドには山が迫っていて退避場所らしきスペースもなかったので、どのように車が走行していたのか気になります。
扁額には「壽延泉靈」と書かれていますが、検索してもそのような四字熟語は存在しないみたいで、それぞれを分解すると「長寿を全うし、清らかな霊泉の恵みを受ける」という非常に縁起の良い、瑞祥(めでたい兆候)を表す意味になるそうです。
撮影したときは気付きませんでしたが、横のところにはおそらく「湯川隧道」と書かれているのではないかと思います。
旧湯川隧道に入りました。
さすがにコンクリートによる補修はされているみたいです。
路面も自転車で走行しやすいように改良されています。
入口付近はコンクリートに厚さがあり綺麗な表面をしていましたが、途中から元の岩盤にコンクリートを吹き付けた凹凸のある表面に変わりました。
また、トンネル中心付近は湧水が多いのかパネルに覆われており、同じトンネル内で表面の様子がどんどん変わっていきました。
狭い道幅や吹き付けコンクリートから溢れ出る素掘り感により、このトンネルの長い歴史を感じることができます。
出口付近は再び厚めのコンクリートによる凹凸の少ない表面になり、日の当たっている湯川側に抜けました。
勝浦側は木々に覆われた暗い雰囲気の場所でしたが、湯川側はすぐ目の前に建物があり、別世界にやってきたかのような景色の変わりようでした。
湯川側の坑門の様子。
扁額には右から「湯川隧道」と書かれています。
横のところには読みづらいですがおそらく「昭和拾四年九月」と書かれています。
つまり87年前のトンネルが、歩行者・自転車用に変わったとはいえ、現役で使用されていることになります。
なかなか歴史の詰まったトンネルですね。
そして、旧道はトンネルを出て少し進むとすぐに国道42号に合流します。
合流部で振り返ると新旧の湯川隧道が同時に見えていました。
そして、国道の合流部からさらに分岐する形で、熊野古道大辺路が通っています。
この熊野古道は今回紹介した旧湯川隧道よりももっと昔に湯川と勝浦を結んでいたルートになります。
湯川隧道の真上はかなり急な斜面になっており、熊野古道はここを避けて北側から天満に抜けるルートを通っています。
ということで、過去の旧道シリーズでも隧道の区間を通る熊野古道を紹介した通り、今回も湯川隧道の区間を通る「駿田峠」を次回のブログにて紹介します。
少し先にはなりますがお楽しみに!
ということで、今回は旧湯川隧道について紹介しましたがいかがだったでしょうか。
かなり歴史のあるトンネルを歩行者・自転車用として安全に通行可能ですので、気になった方は是非訪れてみてはいかがでしょうか。
湯川隧道の地図はこちら