日本にはどれだけの陶器や磁器の産地があるのでしょうか。私はそれほど沢山の陶芸の町に行ったことがあるわけではありませんが、小鹿田焼の里は特別な雰囲気を持った陶芸の里です。
大分県と福岡県の県境近く、大分県日田市の山の奥にある、「皿山」と呼ばれる小さな集落です。
小石原焼の陶芸の里から車で50分
小鹿田焼きは、江戸幕府直轄領だった日田の代官により、山を隔てた福岡県の小石原から招かれた陶工と、彼を招いた人物によって始められました。そのため小鹿田焼の技法は小石原焼の影響を強く受けています。
車で50分ほどの、2つの陶芸の里をめぐると、今でも似ているなと感じることができ、なんとなく違うなということも感じることもできます。
※下の写真は小石原焼の伝統技法飛び鉋(とびかんな)の器、上の写真の小鹿田焼にもみられます。
窯元は9軒
窯元は9軒、江戸時代から家族だけで継承し、弟子や職人を雇わずに、技術が守り続けられてきた焼物です。
柳宗悦との出会い
民芸運動の創始者として知られる昭和初期の思想家柳宗悦 (やなぎ・むねよし) は、昭和の初期に小鹿田を訪れ、「世界一の民陶」と絶賛、戦後には、世界的な陶芸家バーナード・リーチが里に滞在、益子焼の中興の祖濱田庄司など、民芸運動家たちの応援もあり、小鹿田焼きは世に知られるようになりました。
小鹿田焼きの里散歩
この日は、小鹿田焼陶芸館に立ち寄った後、集落を散策しました。各窯元では、作品の直売コーナーがあり、自由に見ることができます。
集落を歩いていると「コト、コト」という音が聞こえてきます。川の水を利用した装置・唐臼(からうす)で、乾燥を終えた原土を粉砕している音です。
小鹿田焼民陶祭2025
休暇村志賀島から休暇村南阿蘇への移動の途中に
休暇村志賀島
休暇村南阿蘇