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2021.02.20

『現夢大石』と「見祢の大石」

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スタッフ名:高梨

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 1月16日のブログで紹介しました「見弥の大石」にそっくりの石が、実は磐梯山の北側、裏磐梯にもあります。名前は『現夢大石』(げんむおおいし)と呼ぶことにしましょう。今日はその現夢大石についてです。
 
 実はこの石、五色沼自然探勝路の柳沼と青沼の中間から350mほど山中に入ったところにある、「遠藤現夢の墓」と一般に呼ばれているものです。大石の上部には刻印があります。
 
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 遠藤現夢(本名 遠藤十次郎)とは、明治の磐梯山の噴火の岩なだれで一本の草木もない荒れ果てた裏磐梯の大地を、植林により再び緑豊かな大地にした、裏磐梯の恩人と言える人です。現夢の片腕となって働いた宮森太左衛門の日記には、「(裏磐梯を)東洋のスイスにする!」との、彼らの夢が書かれてありました。
 
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 その遠藤現夢が、植林作業中に眼にしたひときわ巨大な岩を、生前、自らの墓石と決めて上部に刻印し、さらに巨石の下に自分と妻の戒名を彫った普通サイズの墓石も配置しました。傍らには、噴火で犠牲になった人々の鎮魂碑と、現夢の子息が父の偉業を後世に伝えるための記念碑も鎮座しています。
 現夢は、現在の裏磐梯の姿を知らないまま1934年に亡くなりましたが、夢は正に現実となっているのです。
 
          現夢の戒名・・・「天遊院仙翁豊徳居士」

 この大石、猪苗代側にある国天然記念物の「見弥の大石」と、とても良く似ています。
 ともに安山岩質(輝石安山岩質)の集塊岩の巨岩です。集塊岩とは、別名、溶結火砕岩、または火山角礫岩ともいい、数万年前の噴火の時の熱いマグマが、火口で破砕されそれらの岩片がまだ熱いためにくっつきあって大きな塊の岩石となったものです。火口のごく近くでないとできない岩石です。

 

  
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 次から2枚は、「見祢の大石」の写真です。
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  次は、「見祢の大石」のある見祢地区です。左の山が磐梯山。
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 次は、磐梯山の中腹から見下ろした「現夢大石」のある裏磐梯地区、五色沼方面です。 
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 同じような巨岩が、片や小磐梯山の山頂から約5㎞南の見弥地区に、片や山頂から約4.2㎞北の五色沼の一角に鎮座しています。見弥の大石は幅約9m×奥行6m×高さ3mの大きさ、現夢大石は高さ約7m×幅4m×奥行3mです。特に現夢大石は、正に墓石のように立ったままの姿です。(200t近い重さから考えて人為的に立てたとは考えられません。)
 
 もしかしたら両巨石は、もともとは小磐梯山山頂火口付近の同じ場所にあった岩石なのかも知れません!
 
 それが磐梯山の南北の離れ離れの位置にあるとは、1888年の磐梯山噴火のとても印象的なモニュメントであり、かつその復興に関わった遠藤現夢の、戒名にふさわしいモニュメントでもある・・・ということですね。



 現夢たちが植林したアカマツはすぐ分かります。次の写真のように、岩だらけの大地にしっかり根付くよう、まとめて数本の苗を植えたからです。自然植生ではあまり見られません。
 
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 冬季の現在は、現夢大石への道は深い雪に埋もれ一般には行けません。春になったらぜひ訪ねてみてください。見弥の大石なら「農家レストラン結(ゆい)」のすぐ近く、民家の庭石に利用されていますので今でも見学できます。
 
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