〇牟婁郡の由来はこんな所に!? 太地町の燈明崎
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スタッフ名:中村
今回は休暇村南紀勝浦から車で約25分のところにある「燈明崎」のご紹介をいたします。
燈明崎は、太地町の太地湾の先端にある岬で、燈明台跡や古式捕鯨の「山見」跡などがあります。
実際に燈明崎へ
燈明崎は、太地中学校の東側にある駐車場から約200メートル進んだ先にあります。
階段を下りた先には木のトンネルがあり、ワクワクする気分にさせてくれます。
木のトンネルを進むと「古式捕鯨仕度部屋跡」が見えてきます。
現在は何も残っていませんが、かつてここには古式捕鯨の仕度部屋があり、ここで働く人たちは、この場所で食事をしたり休憩をしたりして鯨を見張っていました。
その先へ進み燈明崎の先端付近まで行くと、「古式捕鯨燈明崎山見跡」が見えてきます。
この「山見」とは、海岸の高台に置かれた鯨がやってくるのを見張る場所で、鯨を発見すると狼煙を上げたり、法螺貝を吹いたりして海上の鯨船に合図を送っていました。
太地町には5カ所、山見があるそうです。
実際に山見の上に登ってみると、熊野灘の様子をよく見る事ができ、鯨を見張るうえで重要な場所であったことが伺えます。
北側を見ると、休暇村南紀勝浦がある宇久井半島も見えています。
そして、そのすぐ近くには「古式捕鯨狼煙場跡」があり、山見で鯨を発見するとこの場所で狼煙を上げていました。
燈明台跡は、そんな狼煙場跡や山見跡のすぐ近くにあります。
燈明台とは、1636年に紀州藩が常設した灯台で、日本で最初に灯火の燃料に鯨油が使われた灯台となっていました。
一度1872年に廃止されましたが、現在は絵図を参考に再建されています。
元々は、「室崎(むろざき)と呼ばれていましたが、いつしか「太地崎」に変わり、燈明台が設置されてからは燈明崎となりました。
太地は昔「室崎」または「牟漏崎」と呼ばれていたことが紀伊国続風土記などの文献にあることから、和歌山県の東西、三重県の南北の「〇牟婁郡」の由来はここにあるという説があります。
あくまで一説ではありますが、こんなところにあったとは驚きですね!
古式捕鯨の仕度部屋や山見、狼煙場跡があったり、鯨油が使われた燈明台があったり、鯨の町というのが実感できる燈明崎に皆様もぜひ一度訪れてみてはいかがでしょうか。