今回は休暇村南紀勝浦から車で約25分のところにある「新宮城跡」のご紹介をいたします。
新宮城は、熊野川河口付近にある小高い丹鶴山に築かれた平山城で、源為義の娘である丹鶴姫の住まいであったことから別名「丹鶴城」とも呼ばれています。
新宮城は、1601年から浅野忠吉により築城され、一国一城令により一度廃城となりますが、1618年に再築されて1633年に近世城郭が完成しました。
その後の廃城令により建物は取り壊されましたが現在も石垣が残っており、丹鶴城公園として整備され、国の史跡、続日本100名城に指定されています。
新宮城跡を散策
駐車場のある南東側から新宮城跡を散策していきます。
公園入口付近にある説明板から少し上ったところにはかつてケーブルカーが運行されており、長さが72メートルと当時日本一短かったそうです。
現在は草が生い茂っていて当時の面影はほとんど残っていませんが、不自然に木が生えていない部分があり、軌道跡を何とか確認することができます。
本丸の虎口を通り本丸へとやってきました。
本丸には丹鶴姫の碑があります。
天守がないため寂しい雰囲気がありますが、公園として整備されているためお散歩にはちょうどよさそうです。
かつてはこの場所に大天守と小天守が建っていました。
天守台の南側の石垣は算木積みの部分を残して崩れてしまっており、現在は本丸へ上る階段になってしまっています。
本丸(天守台)からは新宮市内を一望することができます。
東側を見ると熊野灘を望むことができ、別名「沖見城」として海上の監視などで機能していたことも想像できます。
本丸東側の石垣です。
なかなかの高さがあります。
本丸をあとにし、次は鐘ノ丸へ向かいます。
途中池があり、金魚が泳いでいました。
桜の木がたくさんあるので、春にはお花見スポットとしてたくさんの人が訪れます。
桝形虎口を抜けて松ノ丸へとやってきました。
ここからは熊野川とそこにかかる国道42号の(新)熊野大橋が見えます。
松ノ丸の東側には水ノ手へ降りる階段があります。
水ノ手は熊野川に面して設けられており、上流から船で運ばれてきた熊野川流域の新宮炭が荷下ろしされていたとされています。
1994年の調査により、現在20棟の建物跡が発見されており、この場所に炭納屋跡があったと推定されています。
また、地上に見えていた約2メートルの石垣は、実際には地中に3メートル以上の深さで埋もれており、高さ5メートルを超える石垣が築かれていたことが明らかになっています。
新宮城跡の水ノ手は全国的に見て珍しいですが、城跡の地下を線路が貫いているのも全国でここだけのとても珍しいポイントとなっています。
熊野川の対岸からの新宮城跡です。
城郭の部分が高台になっており、川に面した水ノ手と地下から飛び出す紀勢本線の鉄橋を確認することができます。
国指定史跡の地下から出てくる特急南紀号です。
熊野川を後にして続いては城の南側へやってきました。
道路からも城の下から出てくる紀勢本線の列車を見ることができます。
現在城の南西には保育園がありますが、元々は新宮城の二ノ丸となっていました。
私有地のため入ることはできませんが、外から石垣を見ることができます。
南西側の入り口です。
ここから入れば松ノ丸へと上ることができます。
階段を上った先には大手門へと続く大手道が伸びていますが、現在は通行することができなくなっています。
鐘ノ丸の石垣が高くそびえ立っています。
元々はこの上に櫓がありました。
振り返ると石垣と新宮市の街並みを同時に見られる場所がありました。
新しい建物と古い石垣のギャップが見ていて楽しいですね。
松ノ丸まで戻ってきたので新宮城の散策は終わりです。
今回は新宮城跡の紹介をいたしましたがいかがだったでしょうか。
天守などの建物はなく、石垣も一部崩れてしまっている箇所がある城跡ではありますが、水ノ手や城跡の下を通る鉄道など珍しいスポットもありますし、本丸から新宮市内を一望したり、春には桜を見ることができる場所となっていますので、ぜひ一度訪れてみてはいかがでしょうか。
| 営業時間 |
24時間立ち入り可能 |
| 駐車場 |
あり(無料) |