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旅行記

2021.02.15

出雲大社の巨大神殿 国譲りの神話は実話? 歴史に感動① 

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スタッフ名:矢津田

得意だった科目は世界史、そして好きなTV番組は「英雄たちの選択」「知恵泉」という歴史好きが、旅先で人知れずこんな感動をしているというお話です。

中国なみやま街道 出雲~尾道 無料高速道路の旅で

出雲・松江と尾道、日本海と瀬戸内海を結ぶ「中国なみやま街道」という、無料の高速道路があるのをご存知ですか?5月に発行される倶楽部Qの取材で、この無料ハイウェイの中間近くにある休暇村帝釈峡に宿泊し、松江・出雲・尾道の旅に出かけて来ました。

休暇村帝釈峡

中国やまなみ街道

出雲大社の巨大神殿 えっ、国譲りの神話はまさかの実話?

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出雲大社には高校時代から何度か行ったことがありますが、平成12年にその出雲大社の境内で、3本1組となった巨大な柱が発見されたということを知りました。それぞれの木は直径が1.4mほどで、3本括ると直径約3mにもなる柱です。鎌倉時代の1248年の遷宮で建てた本殿と推定されるそうです。
NHKオンデマンドでも見ることができる出雲大社の特集で、千家國造家(出雲大社の宮司家)には、古代御本殿の平面図、3本を括った巨大な柱の図面が残っていることを知りました。現在の御本殿は高さ24メートルで、国大最大級のものですが、古代の御本殿は、現在の倍の高さ、48メートルの巨大神殿であった伝えられてきました。しかしながら、あまりにも巨大で実在はしなかったと思われてきたもの。この発見は、古代の巨大神殿が実在した可能性を裏づけるものと言われているようです。

下の写真がその柱で、3本をまとめて1本の柱、こんな大きさです。出雲大社の横にある島根県立古代出雲歴史博物館に展示されています。

出雲大社 ご本殿

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発掘されたのは、出雲大社の御本殿前。3つの丸をまとめた大きな丸が1本の柱です。
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下の写真は本殿前の八足門です。建物と比べると、一層この柱の巨大さがわかると思います。
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国譲りの神話
国譲りの神話は、おおまかにこういう話です。

昔、出雲の国はオオクニヌシノカミが治めていましたが、高天原(天上の神々の国)を治めていたアマテラスオオミカミはその様子を見て「我が子が統治すべき」と思い、神々を遣わしました。その結果、オオクニヌシは「仰せのとおりこの国をお譲りします。そのかわり、高天原の大御神様の御殿のような神殿を建てていただきたい。」と答えました。そして、オオクニヌシのために大きな神殿を建てました。

この神話のもとは、古墳時代にあったヤマトと出雲の戦いの話だと聞いたことがあります。
この時代には、ヤマトの他にも、筑紫、吉備、出雲、毛野など有力な国があり、
この話は、ヤマトが統一する過程、出雲を攻め、征服した時の実話をもとにした話というものです。

こんな歴史を知らないと、この巨大な柱もただの大きな柱だと思いますが、
この話を知っていると、「まさか、国譲りの神話は本当の話!」という、ものすごく大きな感動があるのです。

★の時代の話です。
縄文時代→弥生時代→★古墳時代★→飛鳥時代→奈良時代→平安時代→★鎌倉時代★→南北朝時代/室町時代/戦国時代→安土桃山時代→江戸時代→明治時代→大正時代→昭和時代→★平成時代★→

出雲観光ガイド 出雲神話めぐり 国譲り

おまけのお話

出雲大社の御朱印
左が出雲大社の御朱印です。神宮名はなく「参拝」です。それがまた、「出雲大社~」という気分になります。
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出雲大社の大しめ縄
宇宙と表現したい大きさです。
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立ち寄って頂きたい「日御碕(ひのみさき)」

出雲大社から約9km、車で15分の場所に日御碕という場所があります。
初めて訪れた頃(1980年)と比べると、お土産屋さんは寂しくなった感じもありますが、
新しいお店も出来ていて、今風と昔ながらが共存しているという感じです。
出雲大社に行ったなら、ぜひ足を延ばして頂きたい場所です。
日御碕神社(ひのみさきじんじゃ)
日が昇る伊勢神宮、日が沈む日御碕神社。昼を守る伊勢神宮、夜を守る日御碕神社。
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出雲日御碕灯台(いずもひのみさきとうだい)
高さ43.65mと日本一高い石造り、真っ白い美しい灯台です。夕日の美しい場所で、ここから見る日本海は絶景です。
海で夕日を見ると、水平線近くには雲があることが多く、最後まで水平線に沈む夕日を見るのは難しいのですが、
この日は最高の夕日を見る事ができました。
 
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日が沈む聖地出雲の夕日指数

出雲観光ガイド 日御碕

最寄の休暇村

休暇村 帝釈峡