湯道の紅葉 天城湯ヶ島の散歩道
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スタッフ名:矢津田
湯ヶ島温泉に「湯道(ゆみち)」という散歩道があります。
この山里には地域の人たちの共同浴場があり、そこに通うため道が「湯道」でした。
この散歩道は、美しい名を残し、雰囲気をこわさないように整備された散歩道です。
湯ヶ島温泉は多くの文人に愛されて来ました。
かつてこの場所を訪れた文人も歩いたであろう「湯道」沿いには、
今も共同浴場が残り、文人たちが滞在した旅館が残っています。
川端康成が伊豆の踊り子を書いた宿はここか、
井上靖が滞在した宿はここか、
梶井基次郎が川端康成を訪ねた道はこの道か、
そういう思いを浮かべながら「湯道」を散歩して来ました。
湯ヶ島温泉は本谷川と猫越川という二つ川が合流し、狩野川の起点となる場所にあります。
この二つの川が合流する手前に、同じ形をした二つの橋がかかっています。
本谷川にかかる「出会い橋・男橋」と猫越川にかかる「出会い橋・女橋」です。
ふたつの橋の間にはモニュメントがあります。
文人たちが滞在した宿
「昭和2年まで10年の間、私は湯ヶ島にいかない年はなく、 大正13年に大学を出てからの3,4年は湯本館での滞在が、半年あるいは1年以上に長びいた。」
【落合楼】田山花袋、島崎藤村 梶井基次郎など、多くの文人が滞在しました。
二つの川の合流点の先、狩野川にかかる渡り廊下。今は使われていないように見えました。
【湯川屋】昭和元年の大晦日に湯ヶ島に訪れた梶井基次郎は、落合楼に宿をとり川端康成に面識を得るため訪ねます。落合楼には一晩しか宿泊出来ず、以降は川端康成が確保してくれたこの湯川屋に滞在したようです。梶井基次郎は毎日川端康成を訪ね、伊豆の踊子の校正も手伝ったようです。
(日経新聞2017年11月4日 傍らにいた人より)
湯川屋から湯本館までは歩いて10分ほどでした。
湯川屋は残念ながら廃業したようです。
二十数年前、白壁荘のご主人だった宇田博司さんから、この散歩道「湯道」の構想についてのお話を聞いたことがあります。大変、魅力的な方で、著作の「いのしし武者 白壁荘夜話」も読ませて頂きました。
この「湯道」を知ったのは、それがきっかけでした。
湯道にある共同浴場
【世古の大湯】
湯川屋の隣の階段を下りた場所にあります。
伊豆の紅葉はこれからが本番
○修善寺もみじまつり
・修善寺もみじ林 平成29年11月15日~12月 5日
・修善寺虹の郷 平成29年11月17日~12月 3日
○天城越え紅葉まつり 平成29年11月 1日~11月30日
○伊豆天城路 河津秋まつり 平成29年11月20日~12月10日
※写真は出会い橋から見た川床のある旅館です。こたつが並んでいました。