待ちに待った桜も咲いて、潮風も心地よく、散歩や観光に最適の時期がやってきました。
今回は子供の受験も無事に終わったので、八幡神社へお礼参りに行きました。
駅からも徒歩で10分ほどの距離ですし、了仙寺の途中にありますので、観光の途中に立ち寄るのもおすすめです。
下田八幡神社は下田市街の中心地域に位置し、祭神は誉田別命(ほんだわけのみこと)で、ご利益は家内安全、無病息災、旅行安全です。創建は不詳ですが鎌倉時代の正応年間(1288~1293年)には既に鎮座していたと伝えられています。
裏山から発見された鰐口には「下田村若宮」(これが下田という地名が登場する最古のもの?)と刻まれており、「若宮」には八幡宮本宮から迎えた新宮」の意味があり応永6年(1399)の刻銘があることから下田村が開村した時に氏神として勧請されたとも考えられてます。
社伝によると、永正4年(1507)に下田村の漁師が魚を採る為に網を投げると、1躯の木像がかかりましたが、意味も判らず海上に捨ててしまいました。
しかし、次の日も、又次の日も同じ事が続き、7日目には大漁の鯛と共に再び木像がかかった為、これは福の神と悟り家に持ち帰りました。
すると、その夜、漁師の霊夢に木像の化身が立ち「私は八幡神の化身です。長く海の中に沈んでいましたが、訳あって海上に上がる事が出来ました。
もし、私を祀ってくれるならば、土地の守護神として、長く守っていく事でしょう。」と継げて姿を消しました。
この話を村人達に話すと、神意と悟り、元々祀られていた牛頭天皇の傍に社を建立し木像を御神体として祀ったと伝えられています。
江戸時代後期の作とされる仁王像。肋骨が浮き出て、歯をむき出す姿は迫力があります。
粗い凝灰岩から豪快に彫刻された等身大の石像。横にはお守りの自販機が。。。時代ですね
200年前の下田八幡神社はこんな感じだったようです
ウィルヘルム ハイネ
『ペリー艦隊日本遠征記』より