今回は休暇村南紀勝浦から車で約7分のところにある旧袖摺トンネルのご紹介をいたします。
旧袖摺トンネルは、大正2年に全通した新宮鉄道用に建設されたトンネルで、昭和9年に新宮鉄道が国有化され紀勢中線になった際、国鉄の規格でトンネルや橋梁が建設されたため廃止されましたが、現在も山の中にトンネルが残っています。
元々新宮鉄道のトンネルは勝浦側から、「大狗子トンネル」、「小狗子トンネル」、「袖摺トンネル」、「御手洗トンネル」、「稲荷山トンネル」の5つが建設され、そのうちの「大狗子トンネル」と「小狗子トンネル」は道路用として拡幅されました。
「大狗子トンネル」と「小狗子トンネル」は過去のブログで紹介しているので、ぜひそちらをご覧ください。
大狗子トンネルの紹介をしたブログはこちら!
「袖摺トンネル」、「御手洗トンネル」、「稲荷山トンネル」は廃棄され、現在も新線のすぐそばに眠っているそうで、今回はこの中で唯一比較的簡単に近くまでアクセスができ、原形を留めている袖摺トンネルへ行ってみました。
場所は国道42号の那智勝浦町と新宮市の市境付近になります。
新宮市から那智勝浦町へ入ってすぐのところにある倉庫の裏に新宮鉄道の袖摺トンネルが眠っています。
国道から倉庫の裏を覗くと、レンガ造りのトンネルがすでに姿を現しています。
国道を走る人々はわざわざ倉庫の裏を見る事もないので素通りしてしまっていますが、こんなにもすぐ近くに歴史がつまった建築物があるのにそれを見ないでいるなんてすごく勿体ないように感じます。
大きな段差を上り、倉庫の裏へと歩みを進めます。
するとすぐに、トンネルの入り口を確認する事ができました。
中を覗くとトンネルの反対側の出口が見えています。
奥に廃棄された資材などが散乱しているものの、トンネル自体は崩落していないのか入口と同じアーチ状で光が差し込んでいます。
海側の坑門です。
大きな損傷もなく、かなり良い状態で残っています。
上部には要石があります。
素人でもわかる、立派な坑門をしています。
上部を見るとレンガの隙間から木が生えています。
かなりの年月が経っているとはいえこんな隙間からでも成長できるなんて自然の力は恐ろしいですね。
山側の坑門です。
こちらの下部は崩落(人為的に切り取られた?)により大きな穴が空いていますが、それ以外は原型を留めています。
トンネル入口には土のうが置かれています。
乗り越えて入ることもできますが、崩落の危険性があるので中に入るのはやめておきました。
トンネル側から見た景色がこちら。
分かってはいましたが、倉庫が視界を遮っています。
トンネル内上部は煤により黒くなっています。
トンネル内がどのようになっているのかとても気になりますが、グッとこらえて探索を終了します。
倉庫の正面まで来ました。
新宮鉄道はこの倉庫からまっすぐ線路が伸びて現在の紀勢本線のルートへ繋がっていました。
現在の紀勢本線は倉庫手前でカーブし、旧袖摺トンネルより少し山側の現袖摺トンネルへ繋がっています。
今回は、新宮鉄道の鉄道遺構である袖摺トンネルをご紹介しましたがいかがだったでしょうか。
国道のすぐ傍でありながら倉庫によって隠された結果、かなり良い状態で保存されていることがわかりました。
今回紹介したのは簡単に行ける倉庫裏の勝浦側ですが、新宮側も比較的簡単に行くことができるので、そちらは次回のブログでご紹介させていただきます。
新宮側入り口を紹介したブログはこちら!
袖摺トンネル付近の地図はこちら