2021年5月17日から放映され、10月29日に最終回を迎えたNHK連続テレビ小説≪おかえりモネ≫。
宮城県気仙沼市の【亀島(ドラマ上の架空の島)】で育ったヒロイン・永浦百音(ももね・愛称「モネ」)が、気象予報士を目指しながら成長していくというストーリーの中に、東日本大震災の描写も含まれそれぞれが葛藤を抱えながらそれでも前を向いていく描写が心に残っています。
惜しまれつつも最終回を迎えた≪おかえりモネ≫ですが、今回は≪おかえりモネ≫にちなんだロケ地を6箇所ご紹介致します!
≪登米市編≫
主人公である百音は高校卒業後、しばらく【米麻(よねま)町森林組合】で働いていました。この【米麻町森林組合】も架空の組織で、実際は【宮城県登米(とめ)市】がモデルとなっています。
気仙沼内湾地区から南へ車で約1時間の距離にある人口約76,000人の町です。
(令和3年11月時点)
①長沼フートピア公園
この【米麻町森林組合】の事務所として使用されたのは≪長沼フートピア公園≫にある長沼ボート場のクラブハウス。≪長沼フートピア公園≫は約20,000平方メートルの広さを持つ多目的広場で、印象的な巨大なオランダ風車「白鳥」がシンボルとなっています。この「白鳥」、なんと本場オランダから取り寄せられた日本に数台しかない風力のみで稼働する風車なんです。現在は土・日・祝日のみ稼働中です。
園地内は多目的広場やキャンプ場、レストハウスや物産館も併設されており、公園案内所では敷地内を回れる自転車の貸し出しもございます。
森林組合の事務所として使用されていた建物は内部見学が出来ませんので、外観を撮影するなどしてお楽しみください。長沼ボート場の観覧席は晴れた日には『栗駒山』が青空にクッキリと浮かぶ絶好のフォトスポットになりますので、そちらにもぜひご注目ください。
こちらでは現在【おかえりモネ展】を開催中です。①風車の丘「レストハウス」②かやぶき屋根「ふるさと館」③ふるさと物産館の3施設で主要キャストのサイン色紙も展示中です。
≪長沼フートピア公園ホームページ≫
②登米市立教育資料館
≪おかえりモネ≫第7話「林間学校」で、主人公の百音が林業や木材について小学生たちに案内をした際に撮影に使用されたのが【登米市立教育資料館】です。
【登米市教育資料館】は明治21年(1888)二年半の歳月をかけて落成した旧登米高等尋常小学校跡を資料館として再利用しています。
木造二階建て、コの字型をしており内部には登米市に縁のある登米伊達家資料や明治期から昭和にかけての小学校の教科書・資料などが展示されています。
日本で初めて洋風建築を習得した大工・山添喜三郎によって設計されたこの【登米市教育資料館】は綿密な設計を元に作られ、木材や煉瓦なども緻密に検査し、厳しい基準をクリアしたものだけを使用した為2021年となった現在でもほぼ狂いなくしっかりと建っています。展示資料だけでなく、建物そのものも楽しむ事が出来る資料館です。
≪とよま観光物産センター 遠山之里≫も徒歩すぐの所にありますので、登米市のご当地グルメ【油麩(小麦の蛋白質成分「グルテン」を植物油で揚げて作る、全国でも珍しい「揚げ麩」)】などもご購入頂けますよ。(お味噌汁に入れてもとても美味しいんです!)
その他、【登米市教育資料館】付近には【登米懐古園】【武家屋敷通り】などの見どころが満載。まちあるきコースも紹介されておりますので、歩いて色々めぐりたい!という方はこちらのホームページもチェックしてみてください。
≪登米に行ってみよう!みやぎの明治村 まちあるきコース≫
≪登米市教育資料館ホームページ≫
≪気仙沼市・内湾地区編≫
③気仙沼市 東日本大震災遺構・伝承館
主人公の妹・永浦未知が通う水産高校のロケ地として使用されたのが【気仙沼市 東日本大震災遺構・伝承館】。東日本大震災で被災した旧気仙沼向洋高校の校舎をそのまま残し、震災伝承館として使用されています。「おかえりモネ」のストーリーの中でも度々触れられた東日本大震災ですが、東北には多くの震災遺構が残されています。この旧気仙沼向洋高校もその中のひとつで、被災当時も在校生約170名と教員の方がこの海沿いに建てられた高校におりましたが、それぞれが屋上に避難するなどして何とか全員無事に難を逃れる事が出来ました。この震災遺構では被災当時のままの旧校舎を回り、震災伝承館で展示・映像を見る事が出来ます。旧校舎3階には津波で流されてきた自動車(!)がそのまま残されており、初めて見学した時は津波の威力の恐ろしさを感じるよりもまず状況を理解する事が出来ず唖然としてしまった事を覚えています。防災に関するガイドブック・パンフレットの販売などもされていますので、ぜひ今後為にお手に取ってご覧ください。
≪気仙沼市 東日本大震災遺構・伝承館ホームページ≫
④気仙沼市まち・ひと・しごと交流プラザ
百音は気象予報士として地元・気仙沼で働く事になりますが、この百音が働く観光課コミュニティFMのある建物「海のまち市民プラザ」として使用されたのが【気仙沼市まち・ひと・しごと交流プラザ】です。2019年に開館したこの【気仙沼市まち・ひと・しごと交流プラザ】は東日本大震災により被災した「気仙沼市観光物産センター(エースポート)」と「気仙 沼市勤労青少年ホーム(サン・パル)」を合築し、観光と地場産業の総合的な復興・地域経済の発展・まちづくりの活性化などを目的として建設されました。この【気仙沼市まち・ひと・しごと交流プラザ】の愛称は≪創(ウマレル)≫。施設内には軽運動場や音楽スタジオ、研修室などがあり、「ラジオ気仙沼(ぎょっとエフエム)」のスタジオもあるんです。
現在は「おかえりモネ」の特大パネルが建物外壁に設置されているので写真撮影をしたり、総合商業施設≪迎(ムカエル)≫が隣接していますのでレストランやカフェで食事をしたり、目の前にある気仙沼エースポート発着場から就航している≪気仙沼ベイクルーズ≫で気仙沼湾を海上から楽しむ事も出来ますよ。この気仙沼エースポート発着場は「亀島フェリー乗り場」として撮影ロケに使用されましたので、気仙沼大島を背景にぜひ一枚記念撮影をどうぞ!
≪気仙沼ベイクルーズホームページ≫※運航日を要確認ください
≪気仙沼大島編≫
主人公・百音の地元「亀島」ですが、モデルとなったのは気仙沼市にある気仙沼大島。
百音が過ごした中学生時代、そして帰省した際など多くのシーンがこの気仙沼大島で撮影されています。
⑤気仙沼大島大橋
中学生だった百音は気仙沼内湾地区と亀島を結ぶ「亀島フェリー」を使用していましたが、こちらが先ほどご紹介致しました「気仙沼エースポート発着場」がロケ地となりました。
就職後上京し、東京から気仙沼に帰省した百音はフェリーを利用せず車で亀島にある実家に戻ってきます。何故フェリーでなく車で渡ったのか?というと、橋がかかった記念…ではなく、橋がかかった事によってフェリーが運航終了となった為。感慨深げに百音が渡った橋がこの【気仙沼大島大橋】です。
この【気仙沼大島大橋】は2019年4月7日に開通致しました。全長356m。気仙沼大島と本土を結び、橋の上は気仙沼湾を見渡す事が出来る絶景スポットになっています。気仙沼大島大橋の大島側には展望台もございますので、天気の良い日はぜひ展望台から気仙沼湾をご覧ください。「気仙沼ベイクルーズ」ではこの【気仙沼大島大橋】を海上から見る事も出来ますよ!
百音も渡ったこの橋、歩道が整備されているので歩いて渡る事も可能です。ドラマを思い出しながら、ちょっとお散歩気分で渡ってみるのもいいですね。
⑥田中浜
最後にご紹介するのは【田中浜】。お盆に帰省した百音が同級生たちと朝日を見たり、砂浜で祖母のお盆送りをしたシーンのロケ地がこの【田中浜】になります。
百音はお盆の最終日に砂浜で「盆船」を海につける「盆船流し」をしていましたが、これも気仙沼で古くから伝わるお盆行事の一つ。昔は「盆船」は海に流していましたが、環境問題などの観点から現在は海に流さず、お焚き揚げをする形に変わっています。
この【田中浜】、なんと休暇村気仙沼大島のすぐ隣にあるんです。毎朝7:15から開催している「朝のお散歩会」では、休暇村気仙沼大島スタッフが大島の歴史や自然などについてご案内をしつつ、【田中浜】のすぐ隣を散策致します。所要時間は約30分。休暇村気仙沼大島にご宿泊の際はぜひご参加ください!
【田中浜】について簡単にご紹介している休暇村気仙沼大島のスタッフブログもどうぞご覧ください♪
休暇村気仙沼大島・スタッフブログ
「おかえりモネ」の放送は終了致しましたが、宮城県気仙沼市は映画・ドラマなどの撮影で地域を盛り上げた作品とロケ地を表彰する≪ロケーションジャパン大賞≫にノミネートされ(大賞の発表は2月)、現在も気仙沼市をPRするスタンプラリー企画などが行われるなどまだまだ話題は盛り沢山。そしてなんといっても気仙沼は港町、冬の時期は牡蠣やメカジキなどのグルメも!観光に、グルメにオススメな気仙沼市にぜひお越しください。
≪冬の気仙沼旅まっぷ≫もご参考にご覧ください♪
≪冬の気仙沼旅マップ≫
※情報は2021年12月15日現在のものとなります。最新の情報はホームページ等でご確認ください。
※ご旅行の際には事前に周辺の道路情報・施設の新型コロナウイルス感染症対策等をご確認の上お越しください。施設によっては観光を制限している場合がございます。
※また、ご見学の際は新型コロナウイルス感染症予防対策のガイダンスに則り、≪三密≫を避ける・大声での会話を控える・こまめな手洗いと消毒を行うなど安全対策を怠らないようご協力をお願い致します。